『美坂家の秘め事』115

「ごめんね。俺なんか変なこと言ったかな?」

 家が近付いて来てすっかり塞ぎこんでしまった栞を見た陸が心配そうな顔をしていた。

「ううん、そんな事ないけど……なんか私ってこのままでいいのかなぁって。フラフラしていい加減な事ばかりやって」

 決して他人に相談出来る事じゃないが今は隣にいる人に少し甘えたい気分だった。

 小さく呟いた栞を見て陸の表情が少し柔らかくなった。

「俺も一緒だよ? 何で今日早く店を出たか分かる?」

 分からなくて陸の顔を見て首を傾げた。

 陸は悪戯っぽい笑みを浮かべて今日の真相を打ち明けた。

「少しでも早く麻衣の所に帰りたかったんだよね。でも土曜は忙しいからなかなか帰れなくて今日は栞ちゃんをダシにさせて頂きました!」

 ごめんね? と陸はペロッと舌を出して謝った。

「きっと帰ったら麻衣に怒られるんだろうけどさ、それでも俺は麻衣のそばにいたいからね。麻衣の事になると周りが見えなくなるけど俺はそれが幸せなんだ」

「…………」

 黙っていると陸は話を続けた。

「色々言う奴はいるけど俺は文句を言わせないくらいの仕事をしてる。昔はホストの仕事なんて適当にやっていればいいと思った。けどそれじゃいけないんだって気付く事が出来たんだ。それも麻衣のおかげ。俺ね…格好悪くても麻衣の為なら何でも出来るんだ」

 陸は照れくさそうにだが胸を張って言った。

 それは愛しい人の為なら自分はどんな犠牲を払っても頑張れるという自信の表れだと思った。

「だからさ…栞ちゃんにもね、迷いが取れる瞬間みたいなのが突然来ると思うんだ」

 けれど……。

 軽い気持ちで始めた拓弥とのセフレ関係がここまで自分を苦しめることになるとは思わなかった。

 特に陸と麻衣との関係を見せつけられてからよりその苦しさをはっきり感じた。

 もちろんその苦しさの原因は陸に出会ったせいだけではなかった。

 数回肌を重ね、兄妹という関係を超えた拓弥の優しさに触れる度に栞の心はろうそくの炎のように揺れ動いた。

「栞ちゃん、自分の気持ちにだけはいつも正直にね。でも無理して答えを出そうとしなくていいんだよ」

 陸の優しい声はストンと自分の中に落ちた。

 ――どうしたらいいか分からない。

 それが今の私の正直な気持ち。

 ――だけど関係を解消したくない。

 それも今の私の正直な気持ち。

「次の信号を右でいいですか?」

 考えを巡らせていた栞は運転手の声に中断させられた。

 家までの道を案内していくうちに鬱々とした気持ちは少しだけ軽くなっていった。


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