『美坂家の秘め事』97
「疲れて寝てた?」
髪を乾かさなかったせいでくしゃくしゃの髪を拓弥が撫でた。
指で梳きながら整えていく。
「別に疲れてたわけじゃなくて!」
「そうか。てっきり疲れたからだと思ったんだけどそう…やっぱり若いからか」
俺も二十代前半に戻りたいと拓弥がぼやく。
(どこがよ…)
わざとらしく肩を揉んでいるがどこから見ても疲れているようには見えない。
むしろこの家の誰よりも元気なんじゃないかと思う。
「で…本当は何の用なの?」
こんな一時過ぎに勝手に部屋に入ったのがメールの返事が来ないという理由だけなわけがない。
もう時間も時間だけに栞は用件を問いただした。
正直変に寝てしまったせいで頭が半分眠りについている状態。
出来ればこのまま布団に入って寝てしまいたい、それに明日も平日で兄弟達の為に朝食を用意しなくてはいけない。
と言ってもコーヒーを入れてパンを焼くだけで栞が居なくても大丈夫なのだが。
「物足りないかと思って」
拓弥は数十センチの距離を一気に縮めて顔を寄せた。
耳元で囁くような声。
「な、何が?」
平静を装いたいのに声が上擦った。
拓弥の左手が伸びて栞を飛び越えるとベッドについた。
二人の距離がグッと近づき栞は少しでも離れようと上体をわずかに倒して両手を後ろについて体を支えた。
「悶々として眠れないといけないから手伝ってやろうと思って」
ギクッとしたが顔に出さずに心の中でうろたえる。
(み、見てたの?)
どこかに隠しカメラでもあるのかもしれない、そんな疑問さえ浮かんだ。
風呂上りの秘密の行為を優弥に中断されてそのまま眠ってしまったが体の奥のくすぶりは消えていない。
むしろ拓弥のせいで再び火が点きそうだった。
「今だって寝てたくらいだし…」
本当の事は言えるはずもなかった。
だが一瞬、栞の瞳が動揺で泳がせたのを見逃す拓弥ではなかった。
真っ直ぐ栞の瞳を見つめたまま顔を近づける。
唇が触れるか触れないかの距離まで近づくとゆっくりと口を開いた。
「じゃあ俺は出て行った方がいいか?」
問いかけているはずなのにその声からははっきりとした自信を感じ取れた。
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