夏 【6】
受付の奥が控え室みたいでロッカーがいくつか並んで保健室にあるようなベッドが一つ置いてある。
耕太さんは壁のフックに麦わら帽子を掛けて近くの椅子に座った。
「今日でさバイト最後だったんだよね」
綺麗に片付けられたその部屋を見渡して感慨深げに呟いた。
「最後に奈緒に会えて良かったよー」
ドキッとした…。
私に会えて良かった?
「わ、私も…会えて良かった」
耕太さんの動きが止まった。
しまったぁ…耕太さんみたいにもっと軽いノリで言った方が良かったかなぁ。
うっとしいとか思われたかな?
「そんな可愛い事言ってると襲うぞー」
ガオーと両手を広げて私に襲い掛かるフリを大袈裟にしながら笑った。
夏の日の夕方はまだ明るいけどここは陽の光が入って来ないせいか少し薄暗かった。
そんな所で二人きりになってしまったせいか私は変に緊張してうまく冗談に切り返す事も出来ずに立っているだけ。
しかも静か過ぎてドキドキという胸の音も震えるように吐く息の音も相手に聞こえてしまいそうで余計に緊張する。
「そんな顔しないでマジで襲うよ?」
私…今どんな顔してるんだろう。
一歩一歩私に近付いて来るのが分かったけどそこから動こうとしなかった。
目の前に立つと私の肩に手を置いて体を曲げるとすぐにキスをされた。
ファーストキス。
びっくりして動く事も出来なくて、そんな私を見て耕太さんは少し笑った。
「襲うって言っただろぉ?へへっ奈緒の唇げっとぉー!」
軽いノリで親指を立てるとニッと私に向かって笑った。
つられて私もニッと笑い返した。
「じゃあさ…夏の思い出に俺とアバンチュールしちゃおっか?」
子供だと思われたくなくて精一杯大人ぶった。
「いいよ!夏休み最後の記念だね!」
本当はこのまま心臓止まっちゃうんじゃないかってくらいドキドキしていたけど気付かれたくなくてサラッと言った。
もう会えないなら最後の思い出に…なんて考えてた。
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]