『番外編』
月に一度の日曜日【3】

 陸と麻衣が部屋の中へ戻ると、先に入っていたはずの彼らの姿はリビングではなくダイニングにあった。

「おう、悠斗おせーぞー」

 大きなダンボールを抱えて陸と麻衣の後ろを着いてきた悠斗は、キッチンにいる彰光から「さっさと来い」と声を掛けられると、「ヒィィン。置いていったくせにー」と文句を言いながらキッチンへ入って行く。

「お前らさぁ。缶ビール2ケースって。どんだけ酒盛りするつもりだよ」

 ダイニングに無造作に置かれた缶ビールを横目にチラッと見て、男ばかりですき焼きの準備をする同僚たちに陸はため息を吐いた。

 文句を言いつつも彼らが持ってきた物を、あれこれと物色する陸の横顔は何だかんだ言っても楽しそうで、麻衣は安心しながら悠斗の後を追ってキッチンへ向かった。

「麻衣ちゃん。使わせてもらってるよー」
「私もお手伝いします」
「いやいや、いいって。麻衣ちゃんには今日は特別なお仕事が待ってるよー。だから、悠斗野菜洗えー」
「ええぇっ!? 何で俺なんスか!!」
「うるさいっ。お前が持ってきた野菜なんだから、お前が責任持って洗う、ブツブツ言わない。ちゃんと泥落とせよー」
「なにこれ……オレ、チョーカワイソー」

 しゃがみ込んでダンボールを覗き込む悠斗が棒読みで呟くと、間髪入れずに頭上に彰光の手刀が振り下ろされる。

 頭を抱えて呻く悠斗を心配しつつも笑いながら、ダンボールの中から一抱えはある白菜を取り出した。

 白菜はずっしりと重く、スーパーで売られているものと比べると葉は虫食いだらけで、まだ土が残っていることに気が付いた。

「このお野菜……」
「あーイテテ、それうちの野菜っス」
「悠斗くん、の?」

 頭を擦りながら立ち上がった悠斗は、片手にネギを持っていてよく見ればそれにも根にはまだ土が残っていた。

「あれ、麻衣ちゃん知らなかった? こいつん家、農家なんだよ」
「そうだったの??」

 知り合ってから結構立つけれど、そういえば悠斗だけでなく彼らのプライベートはほとんど知らないかもしれない。
 響の家庭の事情も偶然知った経緯を思い出し、よく知っているようで実は何も知らないということに、ほんの少しだけ寂しく感じた。

「彰さん、言わないで下さいよー! カッコ悪ぃじゃないっスかー」
「なーにがカッコ悪いだ。農家の人がいてくれるからこそ、俺達はちゃんと飯が食えるんだぞー」

 心に滲んだ寂しさは二人のやり取りで払拭される。
 よく考えてみればプライベートを曝け出しているホストというのも何か変な話かもしれない。

「こいつね、農家の5男坊」
「5人兄弟なの!?」
「そうっス。一番上の兄貴は公務員、二番目と三番目が農家、四番目は何か知らないけどすんげー出来が良くてどっかの会社入って海外勤務。そんでもっていっちばーーーーん出来が悪くて、実家も継がなくていいし期待もされていない5男の俺はホスト。ははは……ま、ジジイになった親父には言えないっスけどねー。これ以上ガッカリさせらんねーつーか、まぁ、そんな感じで」
「んで、親には飲食店勤務とか嘘吐いてんだよな。まぁ……あながち間違っちゃいねぇけど」
「悠斗くん……」

 明るく笑い飛ばしているけれど、横顔は無理しているようにしか見えず、何か声を掛けようと思ったけれど何も浮かばない。
 ホストがいけないとは思わない、でも世間の目が彼らを見る目はどうしても厳しい。
 華やかに見えてもとても厳しく辛い仕事、どれだけの人がその事実を知っているのか……。

「ハハハ……何て顔してんですか! さーて白菜洗うっスよ。あ、ベランダに水道ありましたよね! 土付いてるから、外で洗ってくるっスね!!」

 麻衣の手から白菜を奪うように持つと、バタバタと慌しくその場から居なくなってしまった。

「大丈夫だって。あんなこと言ってるけど本人はそこまで深刻に思ってないから。ホストだって言えてないことは引っ掛かってるみたいだけどな」

 気まずい思いをさせてしまったかもしれないと、姿が消えてしまった方を見ていた麻衣は不意に声を掛けられて、手際良く下ごしらえを進める彰光の横顔を見上げた。

「まぁ……普通は息子がホストしてて喜ぶ親は居ないよな」

 まるで独り言のように呟いた彰光の視線が、ダイニングテーブルを囲み持ち寄った品物を広げている若いホスト達に向けられている。

 ここにいるほとんどが実家を出て、店が借り上げたマンションで生活をしている。
 店に入る前から家を出ていて、もうずっと親の顔を見ていないなんて彼らにとっては当たり前なのかもしれない。

「だからってわけじゃないけど、オレもまこっちゃんもあいつらのことには責任持ちたいんだよね。まぁありがた迷惑って思ってる奴もいるけどさ、ホストなんて寿命の短い仕事してる間に、次の自分の場所を見つけてくれたらなって思うよ」
「そう……ですね」

 一生続けられる仕事ではない、いつか自分で幕を引く日を考えながら働いているかもしれない。店でナンバーワンとして君臨し続ける陸でさえ、いつか自分がそこにいられなくなる日をちゃんと分かっている。

「って、早く仕度しないと肉に餓えたあいつらが暴れかねないな。準備出来るまで麻衣ちゃんには大役をお願いするよー」
「はい! そういえば……特別なお仕事って?」

 この話はここで終わりと空気を変えられて、麻衣も軽く頭を振ってから気持ちを切り替えた。

「それはね……」
「彰さん。やっぱ氷足りないかもですね」

 キッチンへ来た響が「失礼します」と冷蔵庫のドアを開けて氷の有無を確認している。

「そうだなー。じゃあ、おーい陸」
「なんすか?」
「ちょっとコンビニ行って氷買って来ーい」
「は?」
「返事はハイだろう? オレはお前はそんな風に育てた覚えはないぞー?」
「いや、育てられて……うぅぅ」

 育てられてないと言い切ろうとした陸の視線が泳ぐ。
 コップの洗い方を一から教えてくれたのは彰光、住む場所を提供して生活環境を整えてくれたのは誠、普段は生意気な口を聞いていても絶対的に二人には頭が上がらないのだ。

「あーくそっ!!」

 慌しく財布を取りに寝室へ行った陸が、バタバタとキッチンへ戻って来たかと思うと、麻衣の頭を引き寄せてチュッと音を立ててキスをする。

「麻衣、変なことされたら遠慮なくグーパンしていいからね!!」

 今さら牽制なんて……。
 その場にいる全員が呆れる中、頬と耳を赤く染める麻衣を残して、財布を握りしめた陸が部屋を飛び出して行った。

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