『番外編』
月に一度の日曜日【2】

 エントランスからではなく玄関先から鳴らされたインターホンに、麻衣は覗き穴からチラリと外にいる人物の顔を確認して、すぐに解錠すると大きくドアを開いて知った顔を招き入れた。

「いらっしゃい。って、すごい荷物ですね!!」
「いきなり押しかけちゃうのに手ぶらじゃ陸がブーブー言うだろー?」
「いきなりじゃないですよ。ちゃんと連絡貰ってますから」
「麻衣ちゃんにはね」

 パチンとウインクして見せ笑う彰光が、「おっ」と声を上げて麻衣の後ろへと視線を送った。

「何でいんの」

 低く唸るような声に振り返れば、リビングの入口から大きな足音を立てながらこっちに向かってくる陸。

「なんか話し声がすると思って来てみれば……何?、何の用?」
「休日を楽しんでいるか?」
「ああ、ほんの5秒前までな!」

 陸が突っかかるのも気にせず、彰光の横にいた誠が涼しい顔で答えると、陸はさらに毛を逆立てたように見える。

「もう、陸。せっかく来てくれたのに、そんな言い方ないでしょ?」
「だって!! 俺と麻衣の休みっ!!」

 麻衣の前では子供のように膨れて、誠や彰光の前では動物のように威嚇する、そんな陸を麻衣は優しい声を掛けて宥める。

「りーく?」
「だって!!」
「私がいいって言ったの。来て下さいって。やっぱりお鍋はみんなで食べた方が美味しいものね」
「は……? 鍋?」
「そういうことー。んじゃ、お邪魔するよー」

 ポカンと口を開ける陸の横を、勝手知ったるなんとらとばかりに彰光が両手に大きな荷物を抱えたまま通り過ぎていく。

 逞しい腕が抱える物に視線を送れば、買ったばかりらしく店のシールが貼られた卓上ガスコンロとすき焼き用鍋。
 事前に知らされていたメニューだと麻衣が口元に笑みを浮かべていると、次に靴を脱いで上がってきた誠が、麻衣の前に立った。

「約束通り、松阪牛1kgお持ちしましたよ」
「ありがとうございます! 何も用意しなくていいって言葉に甘えて、本当に何も用意してないんですけど……」
「それなら心配――」
「麻衣ッ!!」

 誠から差し出されたデパートでしか見かけない有名生肉店の包み、いったいいくらするのか聞くのが怖い、そう思いながら受け取ろうと手を伸ばすと、大声を出した陸に横から掻っ攫われてしまった。

「陸?」

 包みを取り上げた陸が今度はジロッと麻衣を見下ろした。

「まさかとは思うけど……松阪牛で買収されたわけじゃないよね?」
「ん? えっと……なんのこと?」

 自分でも誤魔化すのが下手だと自覚出来るほど、うろたえて視線を泳がすと陸は包みを持ったままガックリとうな垂れた。

「だって……ね。そんな高級なお肉なんてなかなか食べられないじゃない?」

 言い訳になっていない言い訳を口の中でモゴモゴ言うと、キッと顔を上げた陸が麻衣の両肩を掴んで揺さぶった。

「肉くらい……」
「え?」
「肉くらい俺がいくらでも買ってあげるってば!! 松阪だろうが飛騨だろうが近江だろうが!! 牛一頭買ってくる!!」
「ええっと、牛一頭は困るかなぁ」

 牛一頭を連れて帰って来る陸の姿を想像して、思わずプッと吹き出してしまうとさっきよりも鋭い視線が麻衣を刺す。

「細かいことでガタガタ言うなよ。小せぇな……ったく。それじゃあ、先に上がらせてもらうね」

 最後の言葉は麻衣に向けたものらしい、いつものようにニッコリ微笑むと陸の手から肉の包みを奪い取り、スタスタと奥へ行ってしまった。

「小……っ!? はっ!? ふざけんなっ……って、聞いてんのかよ!!」
「んじゃ、俺たちもお邪魔しまーす」

 ちょっと待て、と追いかけようとした陸は、玄関から次から次へと現れる同僚たちの顔に顎が外れそうなほど間抜けな顔をした。

「こんちは、麻衣さん」
「あ、これビールっス」
「金なくてコレで勘弁して下さい」

 いつもは着飾っているホストたちが普段着でゾロゾロと中へと入っていく、それでも彼ららしい香水の香りが麻衣の鼻先を掠め、ここだけがまるで夜の世界になったような錯覚を覚える。

「お前ら……っ、ぞろぞろと……ふざけんな!!」

 陸の言葉は無視して麻衣にだけ頭を下げて、缶ビールやウイスキー、かと思えばガスコンロ用のボンベと割り箸を持って通り過ぎていく。

「気にしなくていいのに」
「いや、手ぶらじゃオーナーに怒られます」

 礼儀正しく頭を下げるのは、新人ではないものの入店してから日の浅いホストで、手には買ってきたらしい焼豆腐が入ったビニール袋が提げられていた。

「ったく、無理すんなって。誠さんの言うことなんて無視しとけって」
「ははは……そんなこと出来るのは陸さんくらいですよ」

 そう言って横を通り過ぎていく、黙ってその後ろ姿を見送った陸を麻衣は不思議そうに見上げると、意味が分かったのかため息一つ吐いて陸は苦笑いを浮かべた。

「慣れてる。つーか、今さら無理。でも、みんな帰ったら麻衣ちゃんはお仕置き決定」
「ええぇぇっ!?」
「えぇっ、じゃないです。俺よりも松阪選んだ罰です」
「だって……普段は食べられないじゃない?」
「それは麻衣がいっつも特売の豚肉しか買わないからだろ?」
「そうだけど、豚肉って使い勝手いいし、それに少しでも安い方が……」
「だーかーらー! 食費の5万や10万くらい俺が出すってば!!」
「食費に5万って……ハア」
「まったく、たかが肉のことでいつまでも拘るなんて、誠さんの言う通り小さいですね」

 二人の会話へ割って入って来た声の主・響は、辛辣な言葉を陸に掛けながらも眼鏡の奥は穏やかに笑っていて、目が合った麻衣は出会った頃の響のことを思い出して嬉しくなった。
 クールと言えば聞こえはいい、けれど少し前の響の場合はクールではなく無関心で、周りと関わらないようにしようという意思がハッキリ出ていた。
 ある出来事がきっかけで彼が頑なに守っていた殻は溶かされ、ようやく素の彼が見え隠れし始めていた、最近では前とは比べ物にならないくらい表情も豊かになっている。

 以前は強引に連れ出されなければ参加しなかった集まりも、今では声を掛けるだけで来てくれるという大きな変化に、麻衣はまるで姉になったような気持ちで響の変化を見守っている。

「今日は大勢でお邪魔してすみません。これ、良かったら食後に」
「わぁ、アイス! ありがとうね」
「鍋のあとはアイス食べたくなりますよね。それから……これ、前に麻衣さんが食べたいって言ってた店のエクレアです」
「覚えててくれたの??」

 某アイスクリームチェーンの袋を受け取り、さらに雑誌やテレビで紹介されているケーキ店のロゴが入った紙袋が差し出された。

「ええ。何気なく言った一言こそ大事なんだ。ってどっかのナンバーワンに言われたことがあったような、なかったような」
「それ、俺!! 俺が言ったんだって!!」

 褒めて褒めて!! と視線を向ける陸の身体に耳と尻尾が見えたような気がしたけれど、麻衣は何も見なかったフリをして響に中に入るように勧めた。

「響くんで最後かな」

 麻衣が靴で埋め尽くされた玄関で靴を揃えている横で、施錠をしようと陸が手を伸ばすとゴロゴロゴロという音が近付いて来る。

 少しずつ大きくなるその音に顔を見合わせた二人が外を覗こうとすると、その音はピタリと玄関の前で止まった。

 音の正体はどうやら台車らしい、家庭用の台車の上に置かれたダンボールがドアの隙間から見える。

「どうもっス!!」

 本日の来客最後の一人は、金に近い色に髪を染めた悠斗だった。

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