『番外編』
月に一度の日曜日【1】

 冬の日暮れは早い。
 日曜日の午後、急ぎ足の太陽が西の空を駆け下りていく。
 普通なら明日からは仕事と気持ちを切り替えるこの時間、麻衣はいつもよりものんびりと暮れる空を眺めてから、窓越しでも感じる外気の冷たさに身震いして厚いカーテンを閉めた。

「ねぇねぇ、やっぱりコタツ欲しくない?」

 隙間のないように閉まっているか確認していた麻衣は、後ろから声を掛けられて振り返ると、8歳年下の恋人は買い物のついでに寄ったレンタルショップの袋を覗き込んでいる。

「もう、それ何度目?」
「だってさぁ、冬といえばコタツじゃん? コタツって日本人の文化じゃん? コタツにミカン、これ正しい日本人の姿だと思わない?」

 お目当てのDVDを手にして、体育座りをしてデッキにセットする姿は、上下ジャージ姿のせいか、まだ学生といっても通用しそう。
 ただ、綺麗に染めあげられた蜂蜜色の髪と時折見せる艶っぽい表情が、彼を大人の男に見せている。

「この部屋にコタツは似合わないでしょ?」

 麻衣はぐるりと部屋を見渡した。
 初めてこの部屋に来た時のことを思えば、かなり生活感のある部屋になったけれど、それでも写真でしか見ないようなモデルルームのように洗練されている。

「オシャレコタツとかない? スタイリッシュコタツとか」
「それってどんなの? 想像出来ないよ」
「コタツ欲しい! んで、鍋! 鍋すんのっ!!」
「それ、年末にも言ってなかった?」
「だって、してぇんだもんっ」

 20歳過ぎた男が語尾に「もん」をつけてと、普通ならバカにされてしまうはずなのに、陸が口にすれば何故だか許せてしまう。
 可愛いと言うと怒るので、陸には気付かれないようにこっそり笑っていると、新しいDVDをデッキにセットし終えて再生させた陸が、ソファに座りなおすと同時に手を広げた。

 ん、と陸がさらに手を伸ばす。

 定位置はここだと言わんばかりに大きく開かれた足、そこへ来るべき相手が来るまで動かないと、ジッと見つめる陸には麻衣は諦めたように笑ってから、大人しく陸の腕の中に収まった。

 ふわりと背中が暖かくなると、不思議と心の中まで温かくなる。

「コタツだとこんなことも出来ないのに?」

 身体の前で交差する陸の手を撫でて笑うと、抱きしめる腕にギュッと力を込めて、麻衣の肩に顎を乗せて陸が髪越しに耳の下に唇を寄せる。

「出来るよ。コタツなら麻衣も暖かいでしょ?」

 こうやって前も後ろも、と低く囁いた。
 でも、陸は寒いじゃない? と麻衣が言えば陸はさらに顔を近付けるように頬を寄せた。

「麻衣が腕の中にいれば、たとえ北極だろうが寒くなんかないもんね」
「嘘ばっかり。この前、雪が舞っただけでハワイに引っ越すんだーって騒いでたのは誰だっけ?」
「俺は夏生まれだからしょーがないの。そういう誰かさんは雪が舞っただけなのに、雪だるま作れるかなーとかはしゃいでたよね?」
「だって冬生まれだから」

 同じ答えを口にして麻衣が振り返ると、陸はきっと職場では見せたことのない年相応の笑顔を見せて、チュッと音を立ててキスを返した。
 唇を離しても額同士をつけて、唇だけの触れるだけのキスを何度もして、混じり合う吐息の熱が上がりかけると、先に麻衣が顎を引いた。

「DVD見るんじゃないの?」

 咎めているはずの声は、今にも蕩けそうなほど甘い。

「んー? だって時間はいっぱいあるでしょ」

 昼に働く麻衣、夜に働く陸、すれ違う生活は必然。一緒に暮らすと決めた時に分かっていたことでも、実際生活を始めると一緒に暮らし始める前よりもお互いに寂しさだけが募っていたことに気が付いた。

 月に一度だけ月曜日に休みを取る。

 解決方法は色々あったけれど、麻衣が出した案に最終的に陸も賛同した。

 そして今日がその日曜日。
 普通なら早いとは言えないけれど、ホストにしては早すぎる時間に起きたその時から、二人にとって特別な一日が始まる。

「だから、……ね」

 甘えるように麻衣の耳に直接ねだると、ソファに押し倒しながら手探りでリモコンへと手を伸ばした。

「ダメ。時間はいっぱいあるんでしょ?」」
「DVDは後でも大丈夫」
「ダメ。明日、返さなくちゃいけないから」
「延滞――」
「ダメ」

 最後まで言わせて貰えずおまけにリモコンまで奪われて、恨めしい視線を送る陸だけれど、さっきまでリモコンを握っていた手は、めげる様子を見せずソファに流れた髪を梳き、緩くカーブした毛先を弄ぶ。

 纏う雰囲気を変えるだけで、いつの間にか夜の匂いを感じさせる陸に、どうしても流されてしまう麻衣は、毛先を指に巻きつけて遊ぶ陸の手に自分の手を重ねた。

 口ではダメと言いつつも、心も身体も気持ちは陸と同じだった。
 二人しかいないこの場所で、明日の夕方まではどう過ごすのも自由、時にはベッドから出ない日さえあるし、近場だけれど一泊旅行に出掛けることもある。
 月に一度という特別な日は、いつも以上に麻衣は陸のすることを許してしまうし、陸もそれを分かっているのか大人しく言うことを聞かなかった。

 そう、いつもなら今のようなやり取りも、この後どうなるか分かっていて通過儀礼のようなもの、陸もそう思っているらしく額や頬へ唇を寄せてくる。
 このまま流されてしまいそうになって、麻衣の頭の中に数日前に掛かってきた電話が思い出された。

「陸、今日はほんとに……」

 ダメなの、そう続けようとした麻衣の言葉を遮るように、来客を告げるインターホンの音が部屋に響いた。
 機械的な音は陸を止めるには十分効力があった。

「あー、くそ。誰だよ」

 悔しそうに舌打ちして起き上がる陸に、苦笑いしながら麻衣も起き上がると陸よりも先に立ち上がった。

「いいよ。俺が出るよ」
「いいの。そろそろかもしれないし」
「……麻衣?」

 まるで来客を知っていたような口ぶりに陸は首を傾げた。
 また麻衣がお取り寄せでもしたのだろう。
 のん気に構えてイソイソとベッドへ行く準備を始める陸、自分が出なかったことを心の底から後悔する5秒前。

[*前] | [次#]


コメントを書く * しおりを挟む

[戻る]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -