『番外編』
2011☆SUMMER10

 午前中に雑誌の撮影を終えた庸介は、明日からの四連休を満喫するために新幹線に乗った。

 約二時間の電車の相棒は、いつもと同じで缶コーヒーと読みかけの文庫本、それに音楽プレーヤー。

 庸介は座席を少しだけ倒し、一番居心地の良い体勢を取ると、ポケットの携帯へと手を伸ばした。

(いや……待てよ)

 新幹線に乗ったら、缶コーヒーを手に取るより先に、必ず一通のメールを送るのだが、ふと考えて携帯を窓際に置いた。

(タマの驚く顔を見るのも悪くないか)

 直前まで仕事の予定がはっきりせず、帰るのは明日の朝一番と連絡してあった、今から帰るとメール送っても喜ぶのは分かっていたけれど、どうせならその喜びも二人で分かち合いたい。

 庸介が口元を緩めると、ゆっくりと車窓の景色が動き始めた。

 ◆  ◆  ◆

 そして着いたその足で向かった先は、久しぶりの実家ではなく、実家から数分離れた場所にある岡山家。

「ヨッ!」

「庸ちゃん!?」

 岡山家のリビングに通され、熱烈歓迎してくれたのは可愛い恋人の珠子。
 尻尾のような可愛いポニーテールを揺らし、キャミソールにショートパンツという夏らしい格好の珠子は、走り寄って来たかと思えば小さな身体をジャンプさせ首にしがみついた。

「なんだぁ? そんなに嬉しいのか?」

 珠子の身体を抱き留め、首にしがみつく珠子が落ちないように膝に腕を回して抱え上げた。

「だって、帰ってくるの明日って言ってたのに!」

「思ってたより仕事早く終わったからな」

「メールもなかったもんっ」

「タマを驚かせようと思ったんだよ」

「ビックリした! でも、嬉しいっ」

 喜んでくれるだろうとは思っていたけれど、珠子の反応は想像以上で、喜ばせようとした自分の方が嬉しくなる。

(強引に休みを入れた甲斐があったな)

 あと半月もすれば珠子は夏休みに入るけれど、すでにスケジュールが埋まっていて、長期の帰省は難しかった。

 どうしても諦めきれず、比較的仕事の空いていた七月の初め、珠子がテスト明けの休みになるタイミングに合わせ連休を取ったのだ。

「明日はどこ行きたい?」

「映画! それからお買い物! あとね、あとね……」

 最近出来たケーキ屋さんに行きたいとか、遊園地にも行きたいと、休み中に回りきれるか心配になるほどの候補を指を折って挙げていく。

 毎日会えない分、寂しい思いをさせているのだから、一緒にいる間くらいワガママを聞いてやりたい。

 そして自分のワガママを聞いてもらえるなら、プラトニックな二人の関係を少しでもいいから前進させたかった。

 恋人の可愛いおねだりに、カメラの前では絶対に見せないデレッとした顔をしていた庸介は、急に背筋に悪寒が走って身体を震わせた。

(なんだ? 冷房は……そんなに強くないのに)

 首を傾げる庸介は、後ろから聞こえて来た地を這うような声に、悪寒の原因が何かすぐに分かってしまった。

「ヨーーォーースーーケェ」

 足音がしたかと思うと、黒いオーラを纏った人影が横を通り過ぎ、珠子を挟んで正面に立った。

「よぉ、拓! 元気か?」

「これは一体なんの真似だ? ああぁん?」

 メガネの奥で血走った目をこれでもかと開き、ぴったり寄り添う二人の身体を凝視してくる。
「あれぇ、お兄ちゃん。まだいたのぉ? お出掛けするって言ってなかった?」

「うん。なんか急に珠子の危険を察知してね。そんなことより珠子、庸介はお兄ちゃんと一緒に出掛けなくちゃいけないからね。今すぐ離れなさい」

「ハア?」

「ええぇっ!?」

 メガネのブリッジを指で押し上げ、珠子に笑いかけたかと思うと、すぐに鬼のような形相で睨まれた。

 庸介と珠子を半ば強引に引き剥がした拓朗は庸介の腕を掴まえると歩き出した。

「おい、タク! 何の話だよ」

「忘れたのか? たまには親友同士で絆を深めようって話しただろ?」

(聞いてねぇし、それより今のお前は親友って顔じゃねぇし!)

「庸ちゃん、そうなのー?」

 二人の後をついてくる珠子が、残念そうに首を傾げて聞いてくるが、庸介が答えるより早く拓朗が口を開いた。

「そうなんだよ。帰りはすっごく遅くなるから、珠子は寝てなさい」

 約束もしていなし、絆を深めるつもりがあるのかも疑わしい。

 こんなことをする理由はただ一つ、自他共に認める極度のシスコン拓朗が、庸介を珠子の側に居させまいとしているから。

(まぁ……休みはまだあるしな)

 ここで拓朗の機嫌を取っておけば、残り四日間は安泰かもしれない。

 前向きに気持ちを切り替えた庸介は、見送る珠子に手を振って拓朗と一緒に岡山家を後にした。

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