『番外編』
2011☆SUMMER8

 日本の寿司は美味い。

 勧められた純米吟醸も冷やが一番美味いと夏目が言う通り、食事の邪魔をすることもなく常温の酒も美味いと知った。

 こんな有意義な時間は久しぶりで、二人分の会計を済ませた和真は、いつもより美味い酒のせいかほろ酔いで気分良く店を出た。

「すみません。俺が誘っておきながら、ご馳走になってしまって」

「いや、いい。こんないい店を教えて貰ったしな。また教えてくれよ」

 急に恐縮した夏目に気にするなと、友人に接するように背中をポンと叩く。

 酒が美味いだけでなく、店の雰囲気も静かで肝心の寿司も申し分ない。

 週末にかのこを連れて来ようと思ったほどだ。

「任せて下さい」

 夏目が相好を崩して胸を大きく叩いた。

 酒豪の夏目があの程度で酔うとは思えなかったが、二人で話も弾んだおかげか夏目にとってもかなり美味い酒になったらしい。

「それじゃあ、俺はこの後、叔父の店へ行くので……」

「ああ、そうだったな。じゃあ大通りに出てタクシー拾うか」

「いや、まだ地下鉄あるんで、俺は地下鉄で……」

「ついでだから乗って行けよ」

「ついで……って、遠回りになりますよ?」

「細かいこと言うな。美味い寿司も酒も台無しになるだろ。行くぞ」

 気分の良さから気持ちが大きくなっているというのもあってか、少々強引に夏目を承諾させて大通りへ向かった。

 恐縮しっ放しの夏目が、大きな身体を小さくして歩く姿が可笑しくて、普段ならありえないほど頬が緩む。

(やはり、少し酔ってるか?)

 足元が覚束ないというほどではないが、足元に心許なさを感じ歩くのが億劫になる。

「如月さん、大丈夫ですか?」

 会社を出て仕事抜きで飲む時は役職を付けないで欲しい、最初に二人で飲みに行った時の言葉を夏目は守っている。

 自分の方が年下なのだから、敬語も使わなくていいと言ったのに、さすがにそれは難しいと言われてしまった。

「ん、ああ……」

 どうやら夏目には見破られていたらしい、大きな腕が伸びて身体を支えようとする。

「大丈夫……だ、っ」

 口にした途端、前から歩いて来た学生のグループを上手く避けられず、一人と肩がぶつかり身体が大きく揺れた。

「バカ拓ッ! フラフラしてんじゃねぇよ」

 和真とぶつかった男が倒れそうになると、隣を歩いていた背の高い男が、慌てて引き摺るように男を立たせた。

「すみませんでした」

「いや、こちらこそ」

 学生らしい四人組だったが、他の二人に礼儀正しく頭を下げられて、和真を支えた夏目も頭を下げた。

「タクさん、飲みすぎっすよー」

「うるせぇっ! 妹をダチに取られた俺の気持ちがお前に分かるのかぁぁぁっ」

「ああ、俺はもうすぐ分かると思いますから。もう少し静かにして下さいね」

 遠ざかっていく学生グループの声を背中で聞き、和真は支えていた夏目の腕を叩いた。

「悪かったな。もう大丈夫だ」

「本当ですか?」

「気分が悪くなるほど酔ってはないが……、悪いがタクシーを捕まえてくれ」

「任せて下さいよ」

 身体も思考も動かすのが面倒で、情けないと思いつつ口にすれば、夏目は笑いながらまた胸を大きく叩いて見せる。

 大通りに出てタクシーが捕まる間、和真はかのこの部屋を行こうか迷っていた。

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