『番外編』
2011☆SUMMER7
予定より少し遅れて仕事を終えた和真は、夏目に案内され店へ向かっていた。
週の初めということもあるのか、飲食店が立ち並ぶビルは閑散としている。
大通りから離れてネオンに背を向けて歩きながら、和真はかのこのことを頭に思い浮かべた。
三人は定時になると慌しく仕事を切り上げていた、一体どこへ行くのかと昼休みにメールを送ってみれば、韓国料理を食べに行くことになったらしい。
その後に酒が飲める店に行くというらしいが、一体どんな店に行くつもりなのか、聞くのが楽しみだと思っていると、それらしい三人の姿を目に捉えた。
(まさかな)
夜で遠目ということもあったから、見間違いだろうと視線を逸らす。
よく似た背格好の三人組だったが、向かう先には女性が好むような店はなかったと記憶している。
「如月さん、ここですよ」
立ち止まった夏目に声を掛けられて、先に暖簾をくぐる夏目の後に続いたが、何故か三人が消えていった先を振り返ったが、すでに姿はなかった。
和真が夏目と一緒に旬の寿司と美味い酒を楽しんでいる頃、真帆に無理矢理連れて行かれたかのこはというと……。
「真帆さんの会社って、もしかして顔で採用してる? 真帆さんだけが特別かなって思ってたのに、後輩はこんな可愛い子揃いなんて、周りで働く男達すげー幸せじゃん」
「そうですよね。三人がいてくれるだけでやる気が出ますよ」
スーツ姿なのに昼間一緒に働いている周りの男性とは違う、どこかキラキラした装いでテレビに出てくるようなカッコいい男性に囲まれていた。
真帆が連れて行った店は、「CLUB ONE」という名前のホストクラブだった。
イケメンと合コンが大好きの真帆が、まさかホストクラブにも通っているとは思わず、かのこは驚きを隠せなかったが、店に入ると驚きの連続で頭の中がショート寸前になっている。
カッコいい男性に囲まれているだけでなく、まるでお姫様のように扱われ、恥ずかしくて聞いていられないほど持ち上げられ、眩しくて直視出来ない笑顔を向けられている。
「かのこさんはこういうの苦手?」
「あ、あの……えっと……」
真帆とかのこに座っていた男性は、皿に綺麗に並べられた菓子を勧めながら、少し寂しそうな顔をしてかのこの顔を覗き込んだ。
(近い! 顔、近ぃぃぃぃっ)
男性と付き合った経験は現在進行中のみ、イケメンは見慣れているはずなのに、これはまったくの別物だった。
「可愛いなぁ。年上とは思えない」
「もうっ、陸くん! 菊ちゃんを口説くつもりなの!?」
「やだなぁ、真帆さん。ヤキモチ妬いてんの?」
最初に紹介されたが、隣に座っているこの彼がいわゆるナンバーワンホストらしい。
確かに周りの人とはどこか違う雰囲気を持っている。
着ているスーツも身に付けているアクセサリーも、ほのかに香る香水も、彼のすべてに惹きつけられてしまう。
「こんなことなら、連れて来ないで一人で来れば良かったわ」
ソファの中央でナンバーワンの陸と、さくらとの間に座るナンバーツーの響に挟まれているにも関わらず、真帆は拗ねたように唇を尖らせている。
(真帆先輩……)
かのこは真帆を知れば知るほど、何かが崩れていくような感覚を覚えた。
「俺はラッキーだけど? いつも大人で素敵な真帆さんのこんな可愛い一面が見られるなんて。なんかドキドキしてる」
「またぁ、そんなこと言ってぇ。陸くんはお店で一番口が上手いのよねぇ」
真帆はまだ少し拗ねた口調だったが、語尾は甘える響きを匂わせている。
仕事中の真帆からは想像出来ない顔を物珍しそうに眺めるわけにもいかず、一番離れた場所に座るさくらに視線を移せば、さくらは相変わらずのマイペースっぷりを発揮していた。
隣に座るメガネをかけた響が作る酒を飲みながら、目の前の甘い菓子をすごいスピードで消費している。
一体自分はどうしたらいいのかと、心の中で大きな溜め息を吐きながら、かのこは真帆に視線を戻した。
「傷つくなぁ、俺」
真帆に疑いの視線を向けられて、陸が胸を押さえてがっくりとうな垂れる。
これがホストというものなのか、どんな仕草をしてもカッコ良く見えるというのは、一体どんなカラクリなんだろう。
「本当にドキドキしてるんだよ。真帆さんも確認してみてよ、ほら」
(うわ……っ)
陸は自分の胸を押さえていた手で、真帆の手を取ると自分がしていたように胸に触れさせた。
陸の行動に驚いたのはかのこだけではなかった。
当の本人の真帆は相当驚いたらしく、いつも真帆らしからぬ動揺ぶりで、身体を硬直させている。
「ね、分かる?」
陸は真帆の手の上に自分の手を重ね、熱に浮かされたような真帆の瞳を下から覗き込んだ。
頷く真帆の表情はまるで恋でもしているように見える。
二人のやり取りを間近で見ていたかのこは、振り返った陸の視線に簡単に捕まってしまった。
「かのこさんも、確認してみる?」
甘い声で囁かれ危うく頷きかけたかのこは、何とか自分を取り戻して首を横に振った。
気持ちを落ち着けようと、目の前の飲み物に手を伸ばし、喉を鳴らして飲み物を流し込んでいく。
(ホスト……これがホスト!?)
それは和真に初めてキスをされた時と同じような衝撃だった。
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