『番外編』
2011☆SUMMER4
七月の第一週の月曜日、株式会社キサラギマーケティング部営業一課、夏目岳をグループ長とする第一グループは、課長である如月和真を交えたミーティングを終えた。
ミーティングルームから皆が出て行く中、後片付けをしていたかのこは、満面の笑みで近付いてくる真帆の気配に気が付いた。
(なんか嫌な予感)
大先輩である木下真帆は、仕事が出来る上に指示も的確で、頼れる先輩というのは揺るがない事実なのだが、仕事を離れた真帆が少々厄介だった。
「さくらちゃーん、菊ちゃーん。今日、飲みに行かない?」
真帆は目の前に立ちはだかりニッコリ笑っているが、片手では部屋をこっそり出て行こうとしていたさくらを捕まえている。
同じグループのもう一人の女子社員の先輩、京野さくらはこの世の終わりのような顔を見せた。
(可愛い顔が台無しです、さくら先輩)
性格という一番大事な部分に目を瞑れば、どこから見ても美少女という容姿。
配属された初日、かのこはさくらに見惚れてしまったが、それはもう遥か遠い昔の記憶だった。
「いえ……今日は、あの……」
「行くわよね、菊ちゃんっ!」
何とか断わる理由を見つけようとしても、それを遮るようにして真帆に返事を催促された。
(真帆先輩はいい人だし嫌いじゃないんだけど、飲みに行くのは結構大変っていうか……)
脳裏に次々と浮かぶのは、泥酔した真帆と介抱する自分の姿。
無理無理と心の中で首を横に振って、かのこは真帆を挟んで反対側にいるさくらに、助けを求める視線を送った。
こういう状況を切り抜けるのは、歯に衣着せぬ物言いが出来るさくらしかいないと、藁にも縋る思いだったが、視線を向けたさくらは静かに首を横に振った。
(そんな……っ)
この世の終わりのように悲壮感たっぷりの表情は、自らの運命を進んで受け入れることにしたのか、薄っすらと笑みを浮かべているように見える。
(さくら……先輩)
死んだような目をしているさくに気が付いて、受け入れたのではなく諦めたのだと気が付いてしまった。
週の初めなのに、まだ一週間は長いのに、連日の猛暑でぐったりなのに……。
真帆に腕を組まれる形で部屋から出たかのこは顔を上げると、反対側で同じように腕を組まれるさくらの姿が目に飛び込んできた。
その姿がまるで捕虜になった兵士が連行されているようで、自分も同じように見ているのかと思うと余計に悲しくなった。
一人ご機嫌な真帆が職場に戻る途中、楽しそうに声を張り上げた。
「二人共、楽しみにしててねー! 行ったことのないお店に連れて行ってあげるからねー。あ、お金の心配はいいわよー。今回は私が奢ってあげるわー」
やけに気前の良いことを口にする真帆だったが、かのこにはその理由がすぐに分かった。
期待してはいけないと思いつつ、期待せずにはいられない夏季賞与を受け取ったばかりで、夏の到来と同時につい財布の紐も開放的になっている。
かのこは自分が受け取った金額を思い出して、それから自分よりずっと勤続年数の長い真帆はいったいいくらほど貰っているのか気になり、それと同時に自分の恋人でもあり上司でもあり、おまけに会社社長の次男坊の和真の金額が気になった。
(想像もつかない……)
知ったところで、何が変わるわけでもないし、考えたところで意味はないと、すぐに頭から追い出した。
「それでねー。夕飯を軽く食べてから、お酒が美味しくて楽しいお店に行こうと思うんだよねー」
ご機嫌な真帆のお喋りはまだ続いていた。
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