『番外編』
2011☆SUMMER5

 ミーティングルームを先に出た男性社員は、喫煙者だけが揃って喫煙所へと向かった。

 片手に持ったコーヒーが空になるまで、流れで仕事の話をしたり、時にはプライベートな愚痴を零したり、仕事を始める前に思い思いの時間を過ごす。

 和真は缶コーヒーではなく、会社に来る途中にコーヒーショップで買ったコーヒーを片手に、喫煙所の窓から見える街の景色を見下ろしながら、吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出した。

 営業一課に着任した当初、自分の立場のせいで腫れ物に触るように接しられ、遠巻きに好奇の視線を送られた。

 喫煙所で他の社員と会っても、気まずそうに視線を逸らされそそくさと出て行ってしまう。

 そういった居心地の悪さを気にするほど繊細ではないし、その程度で気持ちが揺らいでいたら如月の人間と渡り合っていくことは不可能に近い。

 一人で過ごす喫煙所は息抜きをしたり、時には考えごとをしたり、とても有効な時間になっていたが、それはすぐに終わりを迎えることになった。

(いいんだか、悪いんだかな)

 和真は指先で短くなったタバコに視線を落とし、最後の一口を吸い込み灰皿に押し付けたところで、隣に大きな体が並ぶと顔を上げた。

 陽に焼けた肌に短く刈り込んだ黒い髪、ハッキリしたパーツが並ぶ顔が、同じ目の高さで並ぶ。

 身長は変わらないのに、大きいと感じるのは見るからに体育会系と分かる体型のせいかもしれない。

「戻りますか?」

 営業に向いている人好きする顔で笑うのは、営業一課のグループ長として企画から異動してきた夏目岳。

 夏目はリーダーシップがあるだけでなく、持ち前の明るさでムードメーカーにもなった。

 そして年下の上司というだけなく、社長の息子という肩書きが付いて回る扱いにくい和真に、困惑することも好奇の視線を向けることもなく、上辺だけの社交辞令を口にすることもなかった。

 ニューヨーク支社時代も、複雑な立場だった自分に、同じように分け隔てなく接してきた男がいた。

 多岐川進は同期ということもあったせいか、それとも明け透けな性格のせいか、顔を合わせるなりこう言った。

『機嫌損ねたら、一生出世出来ないとかある?』

 正面切ってこんなことを言うバカな男は、後にも先にも多岐川ただ一人。

 雰囲気も性格も多岐川とは似ても似つかないが、夏目という男はどこか同じ匂いがすると感じた。

「そうだな」

 和真は応えながら頷いて、コーヒーを飲み干すと夏目と並んで喫煙所を出た。

「そういえば、N社の子からチラッと聞いたんですけど、九月の異動でかなり動きがあるらしいとか。ようやく間口を広げてもらったばかりなのに」

「そうか。しばらくはマメに顔を出してくれるか、秋発売の新製品は力を入れて売り込まないといけないからな……」

 ミーティングでは上がらなかったが、いずれ重大な問題となりかねない情報を、どれだけ早く耳に出来るかということも、会社と会社を繋ぐ大切な役割を担う営業には大切なことだ。

 夏目以外の社員も続いて部屋を出ると、ミーティングで上げるほどでもない、世間話程度の内容を報告してくる。

「如月課長、いいですか?」

 後ろから山下に声を掛けられ、同様に今は頭の隅に留めておく内容が報告される。

 こうやって向こうから気軽に話をされるようになったのも、夏目が加わった影響が大きく、仕事の効率が数段に上がったのはいうまでもなかった。

「お……、なんか楽しそうだなぁ」

 隣を歩いていた夏目がクスクス笑う声を聞いて、山下から視線を戻すと、行く先には女子社員の姿があった。

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