『番外編』
Be My Valentine9
真子は車を降りると振り返り、助手席に座るほのかに頭を下げた。
「わざわざ送って頂いて、ありがとうございました」
「お腹の赤ちゃん達の為にも運動はいいけど、今日はもう十分運動したみたいだし、ママもたまには休まないとね」
人懐っこい笑みは店の前で声を掛けて来てくれた時と同じ、向けられるだけで幸せな気持ちになるから不思議。
手にはラッピング済みのジンジャークッキーと、お土産と言って渡された焼き菓子の入った袋を提げている。
「本当にありがとうございました」
「お礼はいいから、赤ちゃんが生まれたら顔を見せに来て! ……それから、ちょっと怖そうな旦那様も一緒にね」
(怖そうな?)
雅樹と初めて会う人は彼に対して少なくとも“優しそう”という感想は口にしない。
高校生の時ほどじゃないけれど、元々の無愛想のせいで一見すると強面にも見える。
詳しい事情は話していないけれど、雅樹とケンカしたとだけ話をしただけ、写真を見せたりどんな人かは話していなかった。
どうして分かったのか、不思議に思っていると、その答えはすぐに出た。
「真子ッ!!!」
大きな声と共に大きな足音が聞こえて振り返ると、鬼のような形相をした雅樹がこっちへ向かって来る。
(これは……私でも怖いかも)
大人になってからの雅樹は年齢を重ねた分だけ迫力が増したような気がする。
「それじゃあ仲良くね」
「あ、あの……っ」
お礼を言うよりも早くほのかさんの乗った車は走って行ってしまった。
「探したんだぞ!」
走っていく車を見送る余裕もなく、力強い雅樹の腕に肩を掴まれた。
「雅樹、仕事は?」
「仕事なんかどうでもいい!」
「どうでもいいって……。お義父さんが聞いたら怒られるわよ」
「真子っ!!」
「雅樹ってば、肩が痛いよ」
肩に食い込むほど強く掴まれて、思わず根を上げて雅樹の腕を叩くと、雅樹の体が細かく震えていることに気が付いた。
「雅樹?」
「無事で……良かった」
絞り出すような苦しげな声を聞いて、そのあまりの深刻さに、逆に元気な声を出してしまった。
「もう、心配しすぎだってば!」
「心配するに決まってるだろ。また……っ、お前に何かあったら、俺は……どうしたらいい」
声を震わす雅樹の腕に力いっぱい抱きしめられた。
(……苦しい)
苦しいのは抱きしめられているせいじゃない、この時初めて雅樹が背負い続けている苦しみに触れたせいだった。
雅樹の腕が力が抜けるまで、震えの止まらない雅樹の背中を撫で続けた。
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