『番外編』
Be My Valentine8

 生地を寝かせている時間には、ホイップクリームたっぷりのフォンダンショコラを、自分よりも若い子達とのお喋りを楽しみながら食べた。

 クッキーの型抜きはまるで子供に戻ったみたいに楽しみ、たった今オーブンからは焼き上がったばかりのクッキーが出てきた。

「うわぁ、いい香り!」

 鉄板の上から下ろされたクッキーがテーブルの上に並び、紅茶とラッピングのための箱やリボンも運ばれてきた。

 みんなが携帯を取り出して写真と取り始めるのを見て、真子も同じように携帯を取り出したけれど、電源を切りっぱなしだったことに気が付いた。

 電源のボタンを押して、そういえばいつの間にか悲しい気持ちが紛れていたことに気が付いた。

(今日は……帰れない、かな)

 あんな風に感情を剥き出しにしてお互いに声を荒げるようなケンカは過去に一度だけ、そのたった一度のケンカのせいで消えない傷が残り、10年という時間を離れることになってしまった。

 二度と同じことは繰り返したくないと思っても、雅樹の元へと戻ることが怖くてたまらない。

 話し合わなければいけないと分かっているけれど、とても冷静に話をする自信がないし、必要以上に傷つけるような言葉を向けてしまうような気がしてしまう。

 折角美味しそうなクッキーを目の前にしていたのに、急にすべてが色褪せてしまったように感じた真子は、手の中の携帯がメールの受信を始めて驚いた。

「え、なに……っ」

 鳴り止まないメールの受信音、携帯が壊れてしまったのかと慌てて開けば、見たこともない未読メールの数に目を見開いた。

 すべて雅樹からのメールで、最初は怒っている内容が少しずつ心配するものに変わっていく。

 一番最後に届いたメールには「無事なのか、それだけでいいから、連絡してくれ」と書いてあった。

 その文字の向こうに、あの日の雅樹の姿が見えた。

 あの日のことを誰よりも悔やんでいるのは雅樹で、口に出すことはないけれど今でも自分を責め続けていることを知っている。

 携帯を握り閉めた真子の瞳から涙が落ちた。

(私、バカだ……)

 どうして雅樹を疑えたんだろう。

 再会してからの雅樹は本当に大事にしてくれる、時にはそれが疎ましく思える時もあるけれど、手から離れてしまう痛みを知っているからこそ、そうならない為に尽くしてくれていたんだ。

 そんな雅樹が傷つけるようなことをするとは思えない。

 冷静になった頭と心で、答えを見つけられた真子は慌てて立ち上がった。

「帰らなくちゃ。早く……帰らなくちゃ」

 少しでも早く雅樹の元に帰りたい、ただそれだけを願う真子はオーナーの女性に肩を叩かれた。

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