『番外編』
Be My Valentine10
広いリビングには、外の寒さを感じさせない、暖かい陽射しが差し込んでいる。
一緒に暮らし始めた時、二人で何度も試して買ったお気に入りのソファ、どっしりと腰を下ろしていると、部屋着に着替え両手にマグカップを持った雅樹が来た。
「仕事、本当に大丈夫なの?」
「しつこい。ほら、ご要望通りのココア、ここに置くぞ。元々、明日は休みにしてたからいいんだよ」
「まさか、お義父さんとケンカしたの? もう高校生じゃないんだから、親子ケンカで出社拒否なんてダメよ!」
「してねぇよ」
「じゃあ、何で? そんなの初耳だし、それに……」
二人の間にはまだ解決しないといけない問題が残っている。
ハッキリと口に出すことが出来ず言葉を濁したけれど、雅樹には意図が伝わったらしく気まずそうに視線をそらされてしまった。
「雅樹、ちゃんと話して。覚悟は出来て……ないけど、ちゃんと聞くから」
覚悟なんて出来るはずがない。
聞くのが怖くて顔を強張らせてしまうと、雅樹は自分のマグカップもテーブルに置くと、真子の身体を引き寄せた。
「俺が浮気してる、とか疑ってんなら、殴るぞ」
「もう殴られた。痛かった」
叩かれた頬を手で押さえて見せると、さすがにバツの悪そうな顔をして、雅樹は叩いた頬を労わるように撫でてくれる。
「悪い。本気で叩いたわけじゃないけど痛かったよな」
「雅樹に本気で叩かれた歯が折れるよ」
「……否定はしねぇけど、俺は女に本気で手を上げたことなんてない。って、俺のことはどうでもいいんだよ。あの後、言われたよ。奥さんが誤解してるじゃないかって。まさか……とは思ったけど、お前の様子がいつも違ったからさ」
「だって……」
あんな場面に遭遇したら疑うのは仕方ないと思う。
どれほど信じていると思っていても、実際に目の当たりにしてしまうと、その気持ちは簡単に揺れてしまった。
「一緒に食事に行ったなんて聞いてない。私がこんなお腹だから連れて歩くのが恥ずかしい? もっと若い子と結婚すれば良かったとか、思ってる?」
月日はとても正直で少し残酷、十年前と何もかも同じではいられない、もちろんそれは雅樹も同じだけれど、男と女では違ってくる部分も大きいと思う。
一番輝ける年頃を離れて過ごし、再会した瞬間がスタートだとしたら、そこから肌も身体も時間が巻き戻ることはありえない。
「バカだなー、お前。そんなこと考えたのか?」
「バカって何よ、バカって! 私は真剣に悩んで……」
「それがバカだっていうんだ。今さら手近な女と浮気してどうするんだよ。やりたい盛りの10年我慢してきたんだぞ」
雅樹の言葉は妙な説得力がありすぎて複雑な気分がする。
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