『番外編』
Be My Valentine5
車の陰に隠れているから大丈夫と思ったけれど、どうやら向こうからはこっちが丸見えだったらしい。
「……真子?」
驚いた雅樹の声、大きく見開かれた瞳、近づいて来る足音に、真子は仕方なく立ち上がった。
「お前っ……こんな所で、何やってんだ!」
(それはこっちのセリフだよ!)
言い返そうと思ったけれど、声にならなかったのは、雅樹の斜め後ろに立っている彼女が先に声を上げたからだった。
「うそっ、奥さん!? どうしよう……」
その反応に疑惑は確信へと変わった。
驚愕から困惑へ表情が変わり、雅樹に向けられる不安そうな視線に、頭の中で何かが弾けた。
「おい! 大人しくしてろっつっただろうが! 何やってんだ!」
「ほんと……大人しくしてれば良かった! 携帯なんかわざわざ持って来なければ良かった! 雅樹のバカッ!!」
バッグの中を探って雅樹の携帯を取り出して、雅樹に向かって力いっぱい投げつけ、迷わず駆け出した。
「痛っ!! おい、真子!」
(バカバカバカ! 雅樹のバカ!)
走り出しても大きなお腹が邪魔で思っているよりスピードが出ない、でも後ろから雅樹の声が聞こえると捕まりたくない一心で必死に足を動かした。
「バカ、走るな! 真子、待てって!」
身軽に走れないどころか、スニーカーがドタドタと重い音を立てて、門の外に出る頃には息が切れてしまっている。
足を止めれば楽になると分かっていても、今はどうしてもそうすることが出来なかった。
「真子、危ないから走るな!」
門を出てすぐに雅樹に腕を掴まれた。
腕を掴んだまま前に回り込んだ雅樹の怒った顔は久々に見る本気で怒っている時の顔だった。
「離してっ!」
「真子、興奮するな。腹の子に悪いだろうが」
「嘘ばっかり! 転んだ方が良かったとか思ってるんでしょ!」
「いい加減にしろっ!」
耳のすぐ側で音がして頭の中が少し揺れて足元がふらついた。
何が起きたのか分かったのは、頬にジンジンする痛みを感じた時だった。
「……痛い」
昔から乱暴な雅樹だったけれど、冗談で軽く小突かれることはあっても、今みたいに手を上げられることは一度としてなかった。
高校生の頃は父によく叩かれたりもしたけれど、その時の痛みとは比べられないくらい痛い。
叩かれた頬を手で押さえると、叩いた張本人の雅樹が目に見えるほどうろたえている。
「痛い、バカバカバカッ!」
「わ、悪かった。つい……カッとなって……」
「離してバカッ!!」
持っていたバッグを滅茶苦茶に振り回すと掴まれていた腕が離れた。
「追いかけてきたら、走る!」
宣言して雅樹に背を向けて歩き出しても足音は聞こえなかった。
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