『番外編』
Be My Valentine4
嫌な予感というのは嫌になるほど当たるもので、今もそんな予感を感じていたけれど目の前で現実のものとなりつつあった。
「これ。本当は一日早いんですけど、明日は休みなんで……」
後ろに隠していたのか、彼女が取り出したのは小さな紙袋、遠目からでも有名チョコレート店のロゴが入っているのが分かった。
「って、えっと……」
「バレンタインです。日本では女性が男性にプレゼントするって言ったじゃないですか」
「ああ、そうか。でも、俺に?」
(鈍い、鈍すぎる……)
雅樹の反応に思わずイラッとしてしまう。
そういえば高校生の頃の雅樹はバイクばかりに夢中で、女心を察することなんて皆無だったことを思い出した。
10年経って男らしく少し女性の扱いに慣れているように思えたけれど、実はあの頃と変わっていないのかもしれない。
「瀬戸さんに渡したいんです」
袋を差し出す彼女は小柄で雅樹を見上げているが、その瞳に真子は袋の中に詰まっているのがただのチョコではないことを察した。
「ありがとう。実は俺も渡したいものがあったんだ。ちょっと待ってて」
あっさりと袋を受け取ってしまった雅樹に開いた口が塞がらなかったけれど、想像もしていなかった言葉が続くと、瞬きすることも忘れて自分の車に近付く雅樹を目で追った。
車の陰に隠れてしまって見えないけれど、ドアの閉まる音がして戻ってきた雅樹の手には、さっき受け取った物とは違う紙袋があった。
「これ、この前のお礼……のつもりだったんだけど、また貰ってしまって申し訳ないな」
(この前?)
心臓が嫌な感じで音を立て始めたのが分かる。
「お礼なんて! 食事まで奢ってもらったのに、そんなに気を使わないで下さい。私……あんなお洒落なお店に行ったの初めてで、しかも瀬戸さんと一緒だったから、それだけで十分嬉しかったです」
「いや、俺も一度行ってみたいと思ってた店だったし、付き合わせてしまったせいで夕飯食べ損ねただろ?」
雅樹の話し方が少しくだけたものになって笑いを含んだ声になると、彼女は少し顔を赤らめると雅樹の腕を軽く叩いた。
「もう! それは言わないで下さいっ!」
二人にしか分からないことらしい、その時のことを思い出したのか二人は顔を見合わせて声を上げて笑った。
嫌な予感はやっぱり当たってしまった。
真子は動揺する心を落ち着けるために、口元に手を当ててしゃがみ込んだ。
そういえば二日ほど前、夕方メールで夕飯は食べて帰ると連絡を貰った。
職場の人と飲みに行ったり、たまにお義父さんと仕事の話をしながら食事をして帰って来ることもあったから疑うこともしなかった。
それがあんな可愛らしい女性と食事をしていた、しかも二人の会話から察するととても親密な間柄のように見える。
浮気、という二文字が頭に浮かんで倒れそうになった真子が身体を支えるために車に手を付くと、二人が同時に振り返った。
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