『番外編』
Another one12

 いつもなら涙を拭うために優しく伸ばされる指先も今日はない。

 麻衣は震える唇を開いた。

「一緒にいると……辛……い」

「俺がホストだから?」

 予想していた問いに麻衣は首を横に振った。

 確かにホストとして働く陸と付き合い始めた当初はそれが理由で悩んだこともあった。

 けれど陸の真っ直ぐな気持ちがその不安を解消してくれた。

 将来的な不安はあるものの、別れを決心するまでに至るには別の理由があった。

「他に好きな男も出来た?」

「ち……がう」

「じゃあ、何なの? もしかして俺の気を引きたくてそんなこと言ってるとか?」

「違っ……ッ」

 信じられない陸の言葉に思わず顔を上げた麻衣は真っ直ぐ見つめていた陸と目が合ってしまいハッと息を呑みこんだ。

 今までみたことがないほど辛い顔をしている。

 泣き出してしまいそうな顔をしているのはきっと気のせいじゃない。

「ねぇ、麻衣……俺、別れたくない。嫌なとこがあるなら直すし、麻衣がホスト嫌いって言うなら辞めたっていい。ね……だからそんなこと言わないで」

 麻衣が視線を外せないまま黙っていると、陸は麻衣の手を優しく握り込むと額に当てて静かに訴える。

(やめて……そんなこと言わないで)

 陸の言葉はいつだって真っ直ぐで最初の頃はそれがすごく嬉しかった。

 でもいつの頃からだろう、純粋に嬉しいと思えなくなり始めたのは……。

 自分の為ならホストを辞めることを厭わないと、簡単に口にしてしまうことが嬉しいと思うのが嫌だった。

 ホストを続けて欲しいわけじゃない、ホスト以外の仕事に就くのならそれを応援することも出来る。

 けれどその理由がすべて自分のためというのが怖くて堪らない。

 その言葉を聞くたびに陸の気持ちを確認してホッとしてしまう自分に気が付いてしまった。

 こんな風に相手に依存してしまうような恋愛をしたことがない。

 陸が愛情を向けてくれることが幸せで、このままずっと続けばいいと思っていた。

 でも……陸に別れを切り出されたら?

 その時に自分は陸のいない世界で生きて行くことが出来るのか不安になった。

 すごくすごく好きだから、若い陸が自分の元を飛び立とうとする時に枷にはなりたくはない。

 いつも輝いている陸が好きだから、自分のせいで輝きを失わせるようなことはしたくない。

 二人で話し合えば他に選択肢もあったかもしれない、でも陸は優しいから絶対に自分のことは二の次にしてしまう。

 それが一番辛い。

「麻衣……なんか言ってよ」

 祈るように手を握りしめたまま顔を伏せていた陸がゆっくりと顔を上げる。

「別れたいなんて本当は嘘なんでしょ? ね? 俺を驚かせようとしてるだけだよね?」

「……ごめんなさい」

 麻衣は絞り出すような声で謝ると緩くなった陸の手の中から自分の手を引き抜いた。


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