『番外編』
Another one11
重苦しい雰囲気が二人を包み込んでいた。
「どういうこと?」
硬い声で聞いてくる陸と目を合わせることも出来ず麻衣は膝の上に置いた手を見つめていた。
土曜日の午後、いつもなら陸が仕事へ行くまでのひと時を恋人らしく愛を交わして過ごしているはずだった。
だが昼頃に陸の部屋へと訪れた麻衣は寝起きの陸の前に渡されていた鍵を差し出した。
「これはどういう意味?」
何も答えない麻衣に陸は語気を強めてもう一度問いただした。
「返すね」
「なんで?」
「だから……さっきも言ったと思うけど……」
「来ていきなり別れ話って意味分かんないし! 俺なんかした?」
まだ状況が呑みこめないのか陸は苛立たしそうに髪を掻きむしった。
寝ぐせの付いた髪を乱暴に掻き乱して、陸は真っ直ぐ麻衣の顔を見つめた。
「分かるように説明してよ。別れたいってどういうこと? 冗談だったら怒るよ?」
すでに怒る手前まで感情を苛立たせている陸に詰め寄られ麻衣は唇を噛んだ。
泣くまいときつく握りしめた拳を見つめ声を絞り出す。
「ごめんなさい」
「だから! こめんなさいじゃなくて、なんでこんな話になってんのか聞いてんだろっ!」
「ごめんなさい。……別れたいの」
同じ言葉ばかりを繰り返し、身体を小さくする麻衣は陸の怒りを空気を通して感じた。
(もう……無理なの)
何か大きな理由があるわけではない、その時は棘が刺さった程度の小さな出来事、それが積み重なり耐えきれなくなってしまった。
この答えを出すまでに何度も何度も考えた。
仕事中も気もそぞろで、食事もあまり喉を通らなかった、夜になれば考えてばかりで気が付けば朝になっていたこともあった。
精神的にも肉体的にも限界に来ていることもあり、思考はとても前向きなものにはならなかった。
「ごめんなさい」
謝ることしか出来ない麻衣に陸が深いため息をついた。
「俺の事が嫌いになった?」
「…………」
「何で黙ってるの? 別れたいって言い出したのは麻衣の方だろ? ちゃんと理由を説明してよ!」
「それは……」
ここに来るまでに何度も頭の中でシミュレーションしたはずなのに、唇はまるで鉛のように重くて動かない。
不用意に口を開いてしまえば、抑え込んでいる感情が暴れ出してしまいそうだった。
鼻の奥の違和感はもう涙が抑えきれないことを知らせてくる。
泣くことだけはしたくない、そう思って血が出るほど唇を噛みしめても防ぐことは出来なかった。
麻衣の瞳から一滴の涙が手の甲を濡らすと、それから止めどなく溢れた涙が次々と零れ落ちた。
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