『番外編』
Another one5

 奏太が竜之介の下で働き始めてまだ半年ほど、仕事のパートナーとして上手くやれている事が窺える二人の様子に美紀は嬉しそうに目を細めたが、すぐに心配そうな表情になった。

「でも……奏ちゃんだって、その……無理しなくていいのよ?」

 美紀は少し言い出しにくそうに言葉を選びながら切り出した。

「嫌なら嫌とハッキリ麻衣に言って? 小さい頃から知ってるからとはいえ、麻衣は奏ちゃんに甘えすぎで……」

 最後まで言えない美紀に奏太は苦笑いを浮かべながらゆっくりと首を横に振った。

 普段は見せない大人びた表情をする奏太はさっきより声を潜める。

「俺は幼馴染の奏ちゃんでいられるならいいです。麻衣にはきっぱり振られたし、それに……この位置も慣れたら案外いいものですよ」

 自嘲気味に笑うのはやはりまだ少し気持ちが残っているからだと、二人は気付いたけれど気付かぬフリをした。

「お前なら麻衣の婿にちょうどいいと思ったんだがなー」

「ハハハ……力不足ですんません」

 竜之介は奏太を東京から呼び戻した理由の一つに麻衣の気持ちを変えるきっかけになればという思いがあった。

 父親が娘に男を宛がうのも変な話だったが、昔から知っている奏太なら麻衣の気持ちを軽くしてやれるような気がした。

 その思惑は半分は当たった。

 奏太が戻って来たことによって、麻衣が元気になったのは良かったが、もう一歩というところでダメだった。

(それほど……あの男のことが好きだってことだよな)

 幼い頃の麻衣が奏太に恋心を抱いていたのは、両親はそれとなく気付いていた。

 だが高校卒業と同時に離れ離れになってしまった二人の気持ちが交わることはなかった。

 会っていない時間はあったものの、再会すれば気持ちが戻るのではないか、そう期待したのは竜之介だけではなく奏太も同じだったらしい。

 再会をしてから一ヶ月ほど経った頃、奏太はこの辺りにしては珍しくお洒落なフレンチレストランに麻衣を誘い、ホスト時代に買った外車で夜の海へとドライブへ行った。

 誰も居ない静かな海で波の音を聞きながらいい雰囲気になった所で奏太は切り出した。

『俺たち、付き合わないか?』

 ホスト時代ならそんな飾り気のない言葉は口にするだけ恥ずかしかった、口説く必要もない生活を送っていただけに久々の一人の男としての告白はあまりにも幼稚になった。

 最初は驚いた顔を見せた麻衣はそれから真剣な顔をして答えを口に出すまでにそれほど時間は掛からなかった。

『誰も好きになれないの』

 それが麻衣の答えだった。

 それ以外に言葉はなくただ一言、そう言う事しか出来ない麻衣に奏太は潔く身を引くことしか出来なかった。

 本当なら自分がそんな顔をさせるほど辛いことを忘れさせてやりたい、そうどれだけ思ったか分からない。

 奏太は男として側にいたいと思ったが、幼馴染として側にいて麻衣を支えていくこととを選んだ。

「すまんな、奏太」

 社長としてではなく父親として頭を下げる竜之介の姿に奏太は慌てて頭を振った。

「いえ……俺の力不足を棚に上げるわけじゃないですけど、麻衣を元気にしてやれるのは俺でもお二人でもないと思います」

 奏太の言葉に竜之介と美紀は顔を見合わせた。

 それは二人も同じ気持ちだった。

 時を重ねればいつかは傷も癒え気持ちの整理もつくかもしれない、けれどそれが何年先になるのか本当にその日が来るのか分からない。

 だが逆に動き出せないということは、まだそれだけ相手に気持ちを残しているからとも言える。

 それなら……どの方向へ進むにしろ動き出すきっかけを作るには当人同士を引き合わせることも必要なのではないか。

 三人が心の中で同じことを考えていると、二階からは呑気な声が聞こえて来た。

「奏ちゃーーん? 早くーーっ!」

 苦笑いを浮かべる三人、奏太は軽く頭下げると二度目の呼び声が聞こえる前に階段を駆け上がった。


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