『番外編』
Another one4

 そんな麻衣の声を竜之介と美紀は一階のリビングで聞いていた。

「まだ……無理か」

 コーヒーを飲みながらゆっくりと紫煙を吐き出した竜之介は視線を二階へと向けた。

 向かいに座る美紀も表情を曇らせて竜之介と同じように視線だけを上に向ける。

「もう一年なのか、まだ一年なのか……どちらにせよアイツにとっては辛い一年だったことに変わりないか」

「それでも……戻ったばかりの頃に比べればかなり元気になったわ」

「まぁ……空元気なのは見え見えだがな」

 娘の麻衣が突然実家に戻って来たのはちょうど一年ほど前のこと。

 木々が色付き始めた11月の終わり、高校卒業と同時に一人暮らしを始めた麻衣が突然会社を退職しアパートを引き払って戻って来た。

 理由を尋ねても口篭る麻衣に二人は無理に理由を聞き出そうとはしなかった。

 自分の家なのだからのんびりすればいいと快くを受け入れ、今までと変わらなく接していく中で少しずつ自身を取り戻した麻衣。

 桜が咲く始めた頃には近所の工場に事務員として勤めるとさらに元気になった。

 ただ……無理に元気になろうとしているのが両親には痛いほど伝わり、麻衣が元気な姿を見せようとすればするほど二人は心を痛めた。

「まだ自分の中で整理がつかないのよ……」

「こればっかりは俺たちがどうにかしてやれる問題じゃないしな」

「ふふっ……竜ちゃんも落ち着いたのね。最初の頃は大事な娘を傷つけた男は許さないって、滅多に使わない伝を頼って名前だけで相手の子を探し出したくせに……」

 美紀はその時のことを思い出したのか、クスクスと小さく笑った。

 二人の子供が小さな頃から子供のことにはほとんど口を出さなかった竜之介が、初めて見せた父親として娘を必死に案ずる姿。

 美紀は驚いたもののそれが少し意外で、やはり竜之介も男親なのだと安心したのを覚えている。

「私はあの時……竜ちゃんが相手の子を殴りに行くんじゃないかと思って気が気じゃなかったのよ」

「それは……あれだ、アイツが傷ものにされて捨てられたのかと思ったからだろうよ。美紀が相手はホストだって言うからてっきり遊ばれたのかと思ってだな……」

「自分もホストだったのに? しかも順番も違ってたくせに?」

「俺はちゃんと幸せにしてるだろ? 三十年、俺は美紀を悲しませたことはない」

 さっきまでの苦い表情とは違い、自信に溢れてそう言い切る姿は出会った頃の二十代の竜之介を彷彿とさせる。

 だがすぐに竜之介は表情を曇らせて煙草を灰皿に押し付けた。

「いつまでもこのままじゃな……」

「でも、こればかりは自分で乗り越えないと前には進めないわ」

「そうだな……」

 二人は何も出来ずただ見守ることしか出来ない歯痒さに言葉を濁す。

 ちょうどその時、玄関の方から元気のよい声が聞こえて来た。

「おー入って来い!」

 竜之介が返事をするとすぐに足音が聞こえ、リビングに姿を現したのは奏太だった。

「おはよーございます」

「うちの我儘娘に叩き起こされたか」

 まだ眠そうな顔の奏太に竜之介は笑いかけた。

「ハハハ……いい加減働いてる時間が違うって理解して欲しいですよ」

「大変ね、奏ちゃんも。夜は竜ちゃんにこき使われて、昼間は麻衣に……」

「おいおい、俺はこき使った覚えないぞ? なぁ、奏太?」

「もちろんですっ! 社長にはほっんと良くして貰って、まだ入ったばかりなのに店任せて貰えるなんて……こんなすごい経験出来ないですから」

 まるで体育会系の上下関係のように奏太は気持ち良いほど綺麗に頭を下げる。

 それを見て竜之介は嬉しそうに目尻を下げた。


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