『番外編』
Another one6

「イテテテ……」

 奏太は立ち上がりかけた身体を一旦止めると、腰を曲げたまま苦しげな声を出した。

「もう、だらしないなぁ」

 その情けない姿にため息を吐いた麻衣は奏太の手から空のトレイ二つを取り上げてさっさと歩きだす。

 奏太もようやく腰を伸ばし、麻衣のすぐ後を追いかける。

「誰のせいだ、誰の! 本棚だけならまだしもベッドもタンスも動かされたこっちの身にもなってみろ!」

「あーあ、奏ちゃんももうオジサンの証拠だねぇ。しょうがないようねぇ、もう三十歳だもんねー」

 ゴミ箱にジュースのカップやポテトの袋などを確認して捨てながら呆れた口調の麻衣、奏太は横に立つと横から手を出してそれらを奪い乱暴にゴミ箱の中に押し込んだ。

 最後にトレイをポンと載せて、パンパンッと手を叩くと麻衣を睨み下ろした。

「鼻ペチャ、自分も同い年ってこと分かっててのセリフか?」

「失礼ねー。私はまだ29歳です」

 まだを強調し過ぎてその後の年齢はほぼ聞こえないに等しい。

「半月もしたら30だろうが、三十路だ、三十路ー」

「もう! 女性に年の事を言うなんて、それでよくホストなんてやれたね! どうせ人気なんかなかったんでしょ」

「バカ言え、これでもナンバーついてましたー」

 二人は軽口を叩き合いながら店の外に出た。

 部屋の大掃除と模様替えを終えて、約束通り昼ご飯を奢るために、二人は連れ立って隣町にある大きな駅の駅前に来ていた。

 駅前にあるハンバーガーショップを出ると、麻衣は駅と直結している雑貨や服などのテナントが入ったビルへと足を向けた。

「はいはい」

「なんだそのバカにした言い方。これでもナンバーワンになったことだってあるんだからな、歌舞伎町でナンバーワンって言ったらすげぇんだからな」

 またその話? と言わんばかりの麻衣の返事に奏太はムキになった。

 胸を張る奏太の横で麻衣は一瞬表情を曇らせる。

 緊張が走ったようにも見えたのは一瞬で、すぐにいつものように笑みを浮かべたおかげか、そのことを奏太が気付くことはなかった。

「あ……ここ、ここ! 雑誌に載ってて一度来て見たかったんだー」

 麻衣は通りに面した雑貨屋の前で足を止めた。

「それでわざわざこんな所まで連れて来られたのかよ」

「なによ、その嫌そうな言い方。シェイクだけじゃなくて、ハンバーガーもう1個追加してあげたじゃない!」

「ハンバーガー1個とこの腰の痛さは割に合わないんですけど」

 奏太がわざとらしく腰をさするのを見て、麻衣はフンッと鼻を鳴らして店の入り口へと向かった。

 子供のように口を尖らせる麻衣の横顔にククッと笑いを零しながら後ろ姿に声を掛けた。

「ゆっくり見て来いよ。俺はその辺で時間つぶしてるからな」

「はーーい」

 その一言ですっかりご機嫌になった麻衣は返事をしながら店の中へと消えて行った。


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