『番外編』
七夕伝説になれなかった二人5

 ホテル仕様のパイル地のバスローブに身を包んだ麻衣は小さく口を尖らせていた。

「もう……ダメって言ったのに」

「俺のせいじゃないもん。麻衣が可愛すぎるから我慢出来なかったの」

 揃いのバスローブを着た陸はしれっと言い訳を口にして、後ろから抱きしめている麻衣の肩に顔を乗せた。

 甘えるように鼻先を首筋に擦り付け、麻衣の身体の前で重ねていた手に力を込めた。

「俺ね……すっげぇ幸せ」

「陸?」

「女なんて仕事で相手してるし、金にもなんねぇのに女口説くなんてバカバカしいと思ってた」

 甘い睦言ならいざ知らず、とんでもない告白に麻衣は不機嫌そうに眉を寄せた。

 麻衣の表情に気付かない陸は首筋に顔を埋めたまま告白を続けた。

「でも麻衣は全然違う」

「…………」

「何をしたら喜んでくれるか、どうしたらずっと一緒にいてくれるか、麻衣と出会ってからずっとそんなことばっかり考えてる」

 傲岸不遜な態度も素敵だと騒がれるナンバーワンホストの言葉とは思えない、でも疑って掛かれば口説き落とす為の「手の内」にも聞こえた。

 まだ付き合って間もない麻衣は陸の言葉を額面通りに受け取れず返事に困った。

 返事がないことは気にならないのか陸は話を続ける。

「俺……ちょっと怖い。麻衣と出会って幸せって意味ようやく分かったのに、麻衣が離れたらきっともう前の俺には戻れないよ」

 陸らしくない弱気な言葉に麻衣は初めて陸の顔を振り返った。

 まるで置いていかれる子猫のような頼りない表情に麻衣の心が鋭く痛む。

 もしこれが仕事の売上げの為の演技だとしたら天性の才能、むしろホストよりも俳優の方が向いているかもしれない。

 信じるにはまだ決定打となるものが足りなく、それでもすべて真実であって欲しいと麻衣は心の中で疑う言葉を口にするべきか悩んでいた。

「麻衣に会わせてくれた誠さんとオーナーにはすっげー感謝してる」

 振り向いた麻衣の頬に顔を寄せ囁くように呟いた陸は何かを思い出したのか小さく笑って言葉を続けた。

「最初はさ……オーナーの娘と会えだなんて、うちの店はとうとう出張ホストでも始めたのかと思ったんだ。噂で仕事がすごい出来る女って聞いてたし、男日照りの身体を俺が慰めろって意味かと思って」

「りーくー」

 あまりに事実とは違う言われようにさすがに麻衣が顔を顰めると陸は慌てて謝った。

「ごめんってば。だって麻衣がこんなに可愛いなんて誰も教えてくんなかったし、歳も結構イッてるって聞いてたからさ。だけど会ったら全然違くて、なんつーの一目惚れってマジであるんだと思った」

「ほ……んとに?」

「うん。今までオーナーの娘の噂とかしてるの耳にしてたけど興味なくて無視してた。別に逆玉とか狙ってなかったし、くだらねぇと思ってた。でも会ってすぐ後悔した、もっと早く知り合ってたらもっと長く麻衣と一緒にいられたのにってさ」

 さすがに恥ずかしいのか陸の頬が染まり、つられるように麻衣も頬が熱くなるのを感じた。

 麻衣の手に重なるように置かれた陸の手が指を絡めるように麻衣の手を掴まえる。

 身体の前でしっかりと手を繋ぐと二人はまるで磁石が引き合うように唇を重ねた。

 ただ求め合うだけのキスではなく、愛おしい気持ちを伝えるための触れるだけのキスを繰り返す。

「麻衣、ほんと大好き。絶対離さない」

 何度目になるか分からない陸の告白に麻衣は今度こそ一片の迷いもなく頷くことが出来た。


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