『番外編』
七夕伝説になれなかった二人3
かくしてオーナーの娘である麻衣と、ホストクラブ『CLUB ONE』のナンバーワンホスト陸は、運命的な出会いを果たしたのだが……。
すべてが丸く収まりめでたしめでたし……とはいかなかったのでした。
その日ホストクラブ『CLUB ONE』ではある問題に店長の誠が端正な顔立ちを歪ませていた。
スタッフルームの椅子に浅く腰掛け膝に頬杖を付き、イライラしながら指でこめかみを叩いている。
「誠さん、綾波様が陸の……」
「あー、分かってる! 皆まで言うな」
同じようなクレームが今日に限って続けて5件、そしてついに常連で太客の名前を聞くと誠は迷うことなく携帯に手を伸ばした。
リダイヤルの一番上にある番号は一時間前にも掛けている。
(どこで何してやがるっ!!)
稼ぎ時の土曜の夜だというのに肝心のナンバーワンホストの行方が分からない。
いや……行き先の見当は付いているし、電話に出ない理由も分かっている、だからといって見過ごすわけにはいかない。
鳴り続けている呼び出し音に辛抱強く待つ、一度留守番電話へと切り替わりメッセージが流れても再び掛け直した。
誠の執念が相手に伝わったのか三度目の正直か、ようやく電話は繋がり不機嫌そうな第一声が誠の耳に届いた。
『もーさっきから何なんですか?』
「ふざけんなっ! どこで何してる! さっさと店に来い!」
『だからー昨日休むって連絡したじゃないですか』
「留守電に勝手に吹き込むのは連絡したって言わねぇんだよ。いーから今すぐ店に来い。お前の客が首を長くして待ってる」
『無理』
「ハアアアッ!?」
『だって、麻衣がすっげー可愛くて、離してくんねぇもん。……「ヤッ、……陸ッ」……麻衣ー声出したらダメって言ったでしょ? 他の男に聞かせるなんてもったいないじゃん』
誠は聞こえてきた声にガックリと肩を落とした。
電話の向こうにいる二人が現在進行形でしていることが分かり深いため息が零れる。
『あっ、誠さん。聞こえた?』
「聞こえた? じゃねぇよ!」
『あーもう、やっぱり! 今の忘れてね。麻衣の声が可愛いのは分かるけど、オカズなんかにしたらいくら誠さんでも許さな――』
誠は頭痛がしてきたような気がして電話を一方的に切ると携帯を額に当てて押し黙った。
遠巻きに見ていたスタッフも誠から立ち上る黒いオーラに思わず押し黙る。
(いつからあんなダメな子になったんだ……)
陸と出会ったのは陸がまだ18歳だった頃、容姿の良さと雰囲気は今までスカウトした中でも群を抜いていた。
中学の時に両親を亡くし高校卒業と同時に施設を出て、フラフラしていた陸を拾いまるで弟のように面倒を見てきた。
最初は傷を負った獣のように警戒心剥き出しだっただったが、元来の真っ直ぐな性格のおかげですぐに打ち解けた。
仕事の仕方からスーツや小物の選び方に至るまで、自分の後を任せられるようにと色々と教えてきたし、陸自身も世話になった誠の為にも尽力すると言っていた。
その陸はここのところまったく仕事に身が入っていない。
原因は……電話の途中でチラッとだけ聞こえてきた声の主にある。
(まさかこんなことになるとは思わなかった……)
オーナーの竜之介の娘の麻衣と陸を引き合わせる提案をした張本人の誠も実際に上手くいくなどとは思っていなかった。
陸はどんな時でもクールに女性を手懐け、本気の誘いを上手くかわし、まったくと言っていいほどトラブルを起こさなかった。
麻衣を前にしても自分や竜之介の顔を立てるために上手く立ち回るだろう、だがそれは誠の誤算でしかなかった。
陸は仕事のことなどどうでもいいほど麻衣にのめり込んでいる。
(こうなったらもうあの人にしか頼むしかないよな……?)
最終手段でしかない「あの人」に電話をするのは非常に不本意だが、このままではどんなトラブルが起きるか分からない、その前に手を打つべきだと誠は再び携帯を開いた。
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