『番外編』
Happiness【4】

 俺に構うことなく真子はまた言葉を繰り返す。

「タバコは……ちょっと控えたら、どうかなって……」

 ライターで火を点けようとしたまま、俺は顔を上げて真子の顔を見た。

 高校三年から付き合い始めて(十年のブランクはあったが)ただの一度だってタバコを吸うことに関して意見したことのない真子の言葉。

 怒りの延長で言ってるのかと顔を覗き込んでもそんな感じはない。

 言葉の真意が汲み取れず膨れ上がった苛立ち、真子が何を考えてるのかさっぱり分らないことで感じた苛立ちはもう限界に近かった。

 大人になって丸くなったと思っていたがそうでもないらしい。

 小刻みに揺れる膝を肘で押さえ付けながら斜め前に座る真子を睨み付けずにはいられなかった。

「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

 感情を隠すことさえもせず、苛立ちを含んだ声を真子に投げつけた。

 キツイ言い方に怯んだ真子が唇を噛み膝の上に置かれた手が強張る、それを見ながらも態度を改められない自分にさらに苛立ってしまう。

(何とか……言えよ)

 ケンカなら今までだって何度もしてきた、ただ今回のように黙り込んでしまうようなやり方は初めてでどうしていいのか分らない。

(いつもなら何度もポンポン言ってくる奴が……)

 同い年ということもあってかケンカをしても二人の間に遠慮という文字はない、昔から大人しそうに見える真子だがここぞと言う時は言いたいことをハッキリ口にする。

 言いたいことを口に出来ないほどのこと、それが何なのか話さないのならこっちで想像するしかなかった。

 そこで頭に浮かんだ文字に自分で想像して置きながら愕然とした。

(まさか……離婚?)

 再会した俺達はその勢いであっという間に結婚した、あれから数ヶ月経って何の問題もないと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。

 生活が落ち着いて冷静になってみたら、実は懐かしさに浸っていただけだった……とか?

(い、いや……そんなわけねぇだろ)

 嫌な方向へと向かう自分の思考を遮ろうと軽く頭を振った。

「雅樹……あ、あのね……」

 真子の声が心なしか硬いことに、たった今したばかりの想像がリアルへと一歩近付く。

 ありあえないとは思いつつも真子に離婚を切り出された時の自分をシミュレーションしてみた。

 頭の中に浮ぶ情けない自分の姿、そんなみっともない真似が出来るかと思いつつも実際その状況になったらなりふり構わず真子を引き止めることは明かだ。

(まずは理由を聞いてだな、それから直せるとこは直して……)

 十年前の自分が聞いたら顔を盛大に引き攣らせてしまうだろう。

 でもあの頃とは違う。

もう失うことだけはしたくない。

 何が一番大切なのか自分の中で順位がはっきりしていればそれくらい造作もない事だ。

「私……」

 真子の迷うような言葉に全身に緊張が走った。

「赤ちゃん、出来た……の」

(良かった離婚じゃない。そうか……赤ちゃんが……赤、ちゃん?)

 最悪の結果にならなかったのことに胸を撫で下ろす、だが真子の言葉を口の中で繰り返した俺は慌てて顔を上げた。


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