『番外編』
Happiness【5】

 視線の先の真子の口元が照れくさそうに緩んだ。

 それから真子の視線を追うようにして下りていった俺の目は真子が手を添えている腹部に注がれた。

(赤ちゃん……って)

 言葉の意味が分からないわけではなく、どうやら俺の脳は今起こっていることを処理しきれないらしい。

「雅樹……何か言ってよ」

 真子のむくれた声にハッとして顔を上げる。

 声とは裏腹にその表情は喜びに溢れ、確認するまでもなく今の聞いたばかりの話が真実だと裏付けている。

「あ、あぁ……」

 真子にジッと見つめられながらトクントクンと早い鼓動に息苦しさを覚え思わず拳を握り締めた。

 結婚してから何度も体を重ねたがあの頃のように避妊に気を配った覚えはない、当たり前のように真子の中で果てていたのだからその結果が出たとしてもおかしくない。

 だがあまりにも現実味がないことに脳は理解することを拒んでいるようだ。

(あの中に俺と真子の……子供?)

 真子が守るように手を添えた腹部にもう一度視線を下ろす、まだ見た目にはまったく分からないが真子の中には新しい命が宿っていると思うと不思議な感情に包まれた。

「俺……が、親父になる?」

「うん。春にはお父さんだよ」

「俺と真子の……」

「うん。雅樹と私の赤ちゃん」

「…………」

「雅樹……もしかして嬉しくない、とか?」

 黙り込んでしまった俺に真子の不安そうな声が掛けられる。

(何、言ってんだよ……)

「……んな、わけあるかよ」

「じゃあ……どうして何にも言ってくれないの?」

 避難するような真子の言葉に俺は唇を噛んだ。

 黙ったままソファから下り、咥えていたタバコはいつの間にか落ちていたが気にせず真子の隣りに座り直した。

 抱き寄せようと手を伸ばして思わず躊躇する。

 自分の手で真子に触れることが急に怖くなった。

 触れられない右手を見つめこの手が血に染まった時のことを思い出す、昔のこととはいえ血塗れになるまで人を殴ったことのある自分に触れる資格があるのだろうか。

「雅樹、嬉しい?」

「あぁ」

「私も、嬉しい」

「真子……俺、俺が……俺みたいな奴が……」

「男の子だったら雅樹みたいにちょっとくらいヤンチャでも真っ直ぐで友達思いの良い子に育って欲しいな」

「……真子」

「何でそんな変な顔するのー? だって……私が好きになったのは金髪で目つきが悪くて学校一の問題児の瀬戸雅樹、でしょ?」

 そう言って微笑んだ真子に今まで感じたことのない強さを感じた。

(母は……強しか?)

 まだ宿ったばかりの新しい命は確かに真子を変え始めている。

「出逢った頃はまだ金髪じゃねぇだろ」

「あれ、そうだっけ?」

 軽口を返すと真子が声を上げて笑う、だがさりげなく腹部に添えられた手はそのままだ。

 俺はようやく右手を伸ばして真子の体をソッと壊れ物を抱くように優しく抱きしめて柔らかい髪に鼻先を埋める。

(ありがとな)

 心の中で呟いた言葉が伝わったのか真子の頭が小さく頷いた、

end
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