ツイてる乙女と極悪ヒーロー【43】
怒り狂うくるみが、名付けるなら「腹の立つランちゃん語録」を羅列していると、感情のない声がさぎった。
「うるさい」
文句を言われている本人なのに、特に介した様子もない。
それがさらにくるみの怒りを煽ってしまった。
「なっ、なによっ!! お兄ちゃんに言いつけてやるんだからっ!!」
女の子なのに御嵩くんに羽交い締めにされ、蹴りでも入れるつもりなのか、くるみの足が何度も宙を蹴る。
その度に御嵩くんの顔が必死になって、仰け反るくるみを支える姿が可笑しい。
二人には悪いけど、おかげでささくれていた気持ちが少しふんわりなった。
私も当事者の一人なのに傍観していると、同じ当事者でも違う意味で自覚のない彼が、
「流生、連れてけよ。俺はコレと話がある」
くるみを完璧に無視をした。
もちろん、コレと指差されたのは、私。
「ちょっと、まだ話は終わってないの! もう、流生ちゃん離してっ! ランちゃん、私の友達にひどいことしたら、本当に許さないんだからね! お兄ちゃんだけじゃなくて、おば様にも言いつけてやるんだから! それと学校来るなら制服着なさーーい。ハナちゃーん、話が終わったら、ランちゃんも連れて来てねぇぇぇ」
ズルズル引きずられて行き、くるみの声がだんだん小さくなっていく。
ん?
最後におかしなこと言わなかった?
確認しようにも、くるみの姿はすでに見えなくなっている。
風汰くんも二人について行ってしまい、残されたのは私と彼(と次郎)。
急に訪れた静寂。
さっきまでの喧騒が嘘みたい。
お互いがけん制し合っている、そんな雰囲気に口を開くことを躊躇った。
彼と話をするなら、とにかく主導権を握りたい。
だからこそ、第一声は間違えられない。
頭の中をくだらないプライドばかりが駆け巡る。
こんな時こそ、次郎がバカみたいに騒いでくれたらいいのに、次郎でさえ場の雰囲気に呑まれたように大人しかった。
困ったな……。
考えてみたら、次郎以外の男子と親密に話した記憶がない。
日常的な会話はするけれど、男子と二人きりで話したのは、彼が初めてだった。
アレも……初めてだったし。
キスシーンを思い出し、彼の顔を直視出来ずに、さりげなく彼から一歩離れた。
どうしよう、いっそのこと逃げちゃおうかな。
私の辞書に逃げるという文字はない、とか言ってみたいけれど、張り詰めた緊張感にはこれ以上耐えられそうにない。
でも……と、思う。
よくよく考えてみると、私がここまでビクビクする理由がない。
もっと冷静に考えてみれば、先生を捕まえるため、という大義名分こそあったものの、あんな危険な目に遭わされた私は、彼に対してもっと偉そうでもいいはず。
こんな風に彼にビビってるなんて変じゃない?
そう考えたら、急に気持ちが大きくなっていく。
「あの、一言いいですか?」
そうよ、言ってやりなさい!
ガツンと文句の一つや二つ、遠慮なく言ってから、彼の口から謝罪の言葉を言わせてやるわ。
意気込んで口を開いたのに、
「コレにもしばらく離れててもらうか」
「え?」
(へ?)
私と次郎の声が重なった、そして彼があの時と同じように上げた右手を前に押し出す。
消えた!
また、次郎が消えた!!
今度も忽然と次郎の姿が消えた。
ただ、飛ばされただけかと思って、周りを見渡したけれど姿どころか、声さえも聞こえない。
どうしよう……。
本当の意味で二人きりになってしまい、動揺が一気に爆発する。
やっぱ、無理。
逃げるが勝ちって言葉があるくらいだもの、時には逃げたっていいはず!
さっきの意気込みはどこへやら、考えを180度変えて身体も180度方向転換させた。
ビクビクしながら一歩踏み出す。
彼はどんな顔をしている?
引き止めようとしてるの?
振り返れない、後ろに目が合ったらいいのに、と思いながら全身の神経を後ろへ向ける。
一歩、また一歩。
逃げようと思っているはずなのに、足を踏み出すたび、後ろにいる彼の気配を探してしまう。
ちょっと、何か一言くらいあってもいいんじゃない?
話があるって言ったのはそっちじゃない。
逃げようとしてるんだけど?
このまま放置するつもり?
いっそのこと振り返れば楽なのに、その勇気もない私は情けないほどビクビクしていた。
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