ツイてる乙女と極悪ヒーロー【42】


 しんみりした空気に、何て声を掛けるべきか迷っていると、まったく空気を読むつもりがないらしい男が口を開いた。

「そもそも久里や流生の思惑とは関係なく、くるみじゃ役不足だったんだよ」

 今まで黙っていた彼……鳳嵐は、口を開いたかと思うと淡々と言う。

「考えてもみろ。アイツの対象は"女"ではなく"少女"だった」

 確かに、そうだった。
 先生も自分でそう言っていた。
 でも、くるみでは役不足と、どう関係しているのか分からない。
 全員が鳳くんに視線を向けた。

「お前ら、そんなことも分からないのか?」

 バカにした話し方は、決して私の前に限ったことではなかったらしい。
 御嵩くんは表情を変えないけれど、風汰くんは明らかにムッとしている。

「くるみじゃ、アイツの食指が動かん」

 しょくし?

 聞きなれない言葉に思わず首を傾げる。
 分からなかったのは、私と次郎だけらしい。 次郎は授業中と同じ魂の抜けた顔(今は魂しかないけど)をしている。

 彼は声にこそ出さなかったものの、顔一面で「バカか?」と言っている。

 く、悔しいーーー!
 ここで意味を聞くという屈辱的行為はしない、後で辞書を引こうと心にメモをする。

「お前とくるみじゃ、大きな違いがあるだろ」

 言われて、思わず自分とくるみを見比べた。
 じっくり見比べるまでもなく、私とくるみじゃ何もかも違いすぎる。
 生まれも育ちも共通点が何一つないということではなく、同じ女子として比べられたくない、それほどまでに違う。

 お嬢様・美少女という言葉が似合うくるみ。
 私の方こそ今回の件で役不足だと思えてならない。

 女はダメで少女ならオッケーなのに、くるみじゃダメで私ならオッケー?
 くるみはどっから見ても可愛い女の子、私が男で二人から同時に告白されたら、悲しいけれど間違いなくくるみを選ぶ。

 私はバカにされることを覚悟して彼を見た。
 幸い、今度はバカにされなかった。

「くるみは年相応の発育をしている。それに比べてお前は……」

 彼の視線が私の胸元に向けられた、追うように男子二人の視線も向けられる。

 な……っ!?
 胸の大きさで負けたってこと!?
 何それ、罰ゲーム?

 視線を向けられて思わず胸を手で覆う。
 隠すほどもない、寄せて上げればそれなりの膨らみはある。
 でも、くるみは……。

 くるみの胸元を盗み見る。
 制服の上からでも分かる、柔らかそうに膨らんだ胸。
 チラッと見ればなぜかくるみの隣に立つ御嵩くんの顔がほんのり赤く染まっている。

「今回の場合、可愛いとか可愛くないは関係ない。いかに女として成長をしていないか、少女に近い体型をしているか、ということがポイントだった」

 ありがたくもない丁寧な説明に、次郎が口元を押さえて身体を震わせている。

 笑いたきゃ笑えばいいじゃない!
 どうせ笑ったって、あんたの声は聞こえないんだから!

「なるほど……だから適任が見つかったって言ったわけだ」

 ちょっ……風汰くん? 感心したように言われると本気で傷つくんですけど……。
 うんうんと頷く風汰くんから視線を逸らすと、今度は御嵩くんと目が合った。

 な……。
 赤い顔をした御嵩くんは何も言わなかったけれど、気まずそうに視線を逸らされてしまった。

 顔を赤くしている理由は、間違いなく私じゃない。
 おまけに、触れちゃいけないことだから見なかったことにします、みたいな態度は悲しいんですけど……。

 次郎は次郎で押さえている場所を口から腹に移動させ、文字通り腹を抱えて笑っている。

 なに、これ……。
 もしかして……私、泣くとこ?
 悲しい、バカバカしいほど悲しすぎて、涙なんて出てきそうにない。

「ひどいっ!」

 まさに今の私の気持ちだったけれど、口にしたのは私ではなくくるみ。
 かなり気まずい空気をくるみの一言が打ち破った。

「ハナちゃんはちゃんと女の子だよ! そんなことより、ハナちゃんの悩みは解決してあげたの!?」

 フォローをしてくれたの? それともさらっと流されたの?
 同じ女子として触れたくない問題だからスルーしているだけ?

 天然のくるみがそこまで考えているとは思えないけれど、今は思い込むしかない。
 そうでもしないと、またまた自発的に意識を失いたい衝動に駆られてしまう。

「だいたい、ランちゃんは、いっつもいっつも、くるみの話を聞かないじゃない!」

 くるみの声が、一際高くなった。
 相当、気持ちが昂ぶっているらしい。

 その証拠に自分を「くるみ」と呼んでいる。

 らしくないほどの金切り声を上げ、無謀にも鳳くんに殴りかかろうとするくるみを、御嵩くんが慌てて引き留めた。

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