ツイてる乙女と極悪ヒーロー【40】


 ど、どうしよう。
 いきなり現れるなんて思ってないから、まだ心の準備が出来てない。

 それに、なんなの……前髪切っちゃって。
 伸びきっていた髪は綺麗に揃えられ、ふんわりとセットされているせいか、昨日までとまるで雰囲気が違う。

『ふっ、可愛い顔も出来るじゃないか』

 昨日の彼の言葉が頭に響く。
 その後の触れるだけじゃないキスも一緒に思い出してしまい、顔が燃えるように熱くなった。

(ハナー、どうしたー。顔、真っ赤ー)

「何もなかったわよっ!!」

(うわ、すげー鼻の穴広がった。何があったんですかー、おハナさーん?)

「ち、違うっ!!」

 墓穴を掘ってしまった。
 鼻を隠す私の顔と顔色一つ変えない彼の顔を、交互に見比べた次郎は見て分かるほどハッキリむくれた。

(すげームカつく。やっぱ何かあったんだろー。何ですか、俺には秘密ですか。あーそうですか。幽霊の俺には関係ないってか。へー、ふーん)

 次郎らしくなく、ネチネチと文句を言う。

「そういうんじゃなくって……」

 本当のことなんて、言えるわけないじゃないの。
 上手く嘘をつくことも誤魔化すことも出来ず、言葉を濁して視線を逸らすと次郎が視線を追いかけてくる。
 もう、変な時だけ、勘がいいんだから!
 私が次郎の視線から逃げるため、その場をグルグル回っている間も、彼は関係ないとばかりにこっちを見ようともしない。

 誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるの?。
 こっちは責任取って欲しい、次郎から逃げなきゃいけないことも、不意打ちでファーストキスを奪われてしまったことも……。
 
「ほら、三人ともハナちゃんに謝って!」

(お、そうだそうだー。お前は俺にも謝れー)

 くるみの声にピタリと足を止めた。
 一人マイペースのくるみが三人を振り返って手招きをする。
 次郎も真似をして、手招きではなく彼を指差した。

 くるみが私の横に立ち、三人は言われた通り私の前に立った。
 神妙な顔つきの二人に対し、彼だけは我関せずと言わんばかりの顔をしている。
 私は三人の顔を見てから、くるみを引っ張って彼らから少し離れた。
 なぜか次郎も私の背中のピタリとくっついてくる。

「ちょ、ちょっと……くるみ、どういうこと?」

 聞かれても構わないけれど、何となく声を潜めてくるみの耳元で聞いた。

「だって、ランちゃんに囮にされたんでしょ?」

 くるみは私の手を握り締めると、怒っているのに泣きそうな声で「ごめんね」と言った。

「ごめん、ちょっと待って? 話が全然見えないんだけど」

「そうだよね。ショックなことがあったばかりだもんね。嫌なことを思い出させてごめんね」

 違う、そうじゃなくて……。
 顔をクシャクシャにしたくるみにまた抱きつかれそうになり、私は慌ててその腕を受け止めた。
 
 囮……?

 物騒な言葉に驚いたけれど、不思議とそれ以上の驚きはない。

「そっか、そういうこと……」

 ポツリと呟いた私の声に、くるみの事実を告げる声が重なった。

「横倉先生を捕まえるだからって、ハナちゃんに危ないことさせるなんて、信じられない!! 私はハナちゃんの悩みを解決してあげてって言ったのに!!」

 やっぱり、そうだったんだ。
 まったく気が付いてなかったわけじゃない、色々と出来すぎた展開におかしいなとは思ったけれど、まさか本当に自分の身の上にそんなことが起きるなんて思っていなかった。

「私は囮、だったんだ。うん、そっか。だからあんなタイミング良く助けが来たりしたんだ」

(え、ハナ。今、気付いたわけ? マジかよー)

 なに!?
 おんぶお化けの次郎に言われ、私は慌てて振り返った。

「次郎、あんた知ってたの!? 知ってたのに、黙ってたわけ!?」

(そ、それは……あの、えっと……。なんつーか、俺にも言えない事情が、あったというか、なんというか)

 噛みつく勢いで次郎を問い詰めると、次郎は今度はくるみの後ろに隠れようとする。
 言えない事情!?
 ますます聞き捨てならない言葉に、逃げる次郎を追いかける。

「ちょっ……、待ちなさいよ!」

 足を掴もうとしたけれど、もちろん手の中には何も掴めない。
 悔しさに舌打ちしていると、くるみがポカンと口を開けてキョロキョロ辺りを見渡している。

「鹿沼くーん、いるのー?」

(いるいるー。俺、こっちこっちー)

 頭の上を見上げるくるみの後ろで、次郎がバカみたいにニヤけた顔で手を振る。
 空気を読めーっ!

「い、いないっ!」
「えーでも、今話してた相手って、鹿沼くんだよねー?」
「えーっと……」

 どうしよう、このまま放っておいたら、茶飲み友達の縁側の会話みたいに、ふんわりしているけど(噛み合っていない)会話が始まってしまう。

 ダメダメ。今はそんな場合じゃない。

 ポカンと口を開けている御嵩くんと風汰くんの視線を無視して、私はくるみの後ろから顔を覗かせる次郎を視線でけん制しつつ言った。

「あー、ううん。またどこかへ行っちゃったみたい。それよりも、あのね……ちゃんと説明して欲しい。昨日のこと、それから……あの、彼のこと」

(あ、ひでぇ! 俺、ここにいるのにー)

 くるみの後ろから出て来て文句を言う次郎は無視して、私はくるみとそれから三人の顔を見て、最後に彼の顔の上で視線を止める。

 囮という言葉のおかげで、御嵩くんや風汰くんが現れた理由は想像出来たけれど、ちゃんと本人たちから説明して欲しい。

 御嵩くんと風汰くん、遅れて彼が私の前に立った。

「んー。何から説明したらいいかな。まずね、俺達さ幼なじみなんだよね」

 話を切り出した風汰くんが、俺達と言いながら指でぐるりと指示したのは、私以外の三人。
 当然のように、彼も含まれている。

「あの……この人も?」

 三人が幼なじみということは知っていたけれど、一度も見たことがない彼も幼なじみだとは思わなかった。
 つい彼を指差してしまう。

「彼はね、鳳嵐(おおとりらん)。風汰の言う通り、僕達は幼なじみだけれど、嵐だけは最近まで海外で生活していたんだ。それで、今回のことについて謝罪と説明をさせて欲しい」

 オオトリ、ラン……。

 御嵩くんの説明を聞きながら、初めて知った彼の名前を胸の中で呟いた。

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