ツイてる乙女と極悪ヒーロー【39】
校門をくぐり下駄箱の方へ向かおうとして足を止めた。
午後の授業まで、時間はまだある。
本当は授業が終わってから行こうと思っていたけれど、少しでも早い方がいいかもしれない。
校門から校舎の裏を通りぬけようと、壁伝いに作られた花壇の前を進んだ。
ここからなら中庭へも、中庭の向こうにある図書館にも近い。
人影のない場所を歩いていた私は、次郎が大人しくしていることに気が付いた。
真っ直ぐ教室行かなかったのに、文句の一つも言わないなんて変ね。
いつもは学校へ着くなり、○○ちゃんに朝の挨拶だの、テニス部の部室に行って来るだの言っているくせに……。
次郎は園芸部が大切にしている花壇の上をふわふわと進んでいた。
気になって次郎を見ていると、私の視線に気が付いたのか次郎が振り返った。
(どしたー?)
「あー、うん。なんか言うかと思った」
(あれだろ。アイツんとこ行くんだろー? 文句言ってやりたいから、俺も行くっ!)
あーそういうことね。
「もしかして、昨日の話ってほんとのことなわけ?」
(だーかーらー! そうだって、何度も言ってんだろー)
「だって……信じられるわけないじゃない」
次郎の話によれば、突然姿を消した理由は、彼によって化学室を追い出されたかららしい。
聞かされた時は意味が分からなかった、もちろん今だってよく分からないけれど、彼が次郎に向かって手をかざしたことは覚えている。
あの後、次郎の姿がこつ然と消えたことも事実。
本当はすごい人っぽい……。
彼に知られたら、今さら何だと言われてしまいそうだけど、見えるだけじゃなく特別な力があると、目の前で見せられたら考えも変わる。
エクソシストってやつ? それとも陰陽師ってやつ?
あれ、それは幽霊じゃなくて、悪魔とか妖怪だっけ?
テレビやマンガで見たりする程度の知識しかない、具体的に彼が何者で何をしたのか想像も出来なかった。
そのことも含めて、色々……昨日のキスのこととか……彼には説明してもらいたいことが山のようにある。
中庭を抜けて図書館へ向かう途中、人の少ない中庭の隅の方から声が聞こえて来た。
あれ?
「ハナちゃんに危ないことをさせるなんて、信じられない。ねぇ、ランちゃん!! 聞いてるの??」
くるみが……怒ってる?
(お、くるみちゃんの声がするー)
次郎にも聞こえたらしく、私よりも早く声がする方へと方向転換している。
次郎の後ろ姿を追うように、私も声がした方へ歩きながら、心の中で首を傾げた。
くるみはおっとりしているし天然な所もあるけれど、決して内向的な性格ではなかったし、ましてやお嬢様という立場を鼻に掛けることもしない。
きちんと意見を口にするけれど、声を荒げている所は一度も見たことがなかった。
私だけなら聞き間違えたかもしれないと通り過ぎただろうけど、次郎の女子レーダーは腹が立つほど正確だということを知っている。
刈り込まれた樹木の壁などものともせず突き進む次郎を、半ば走るように追いかけていると、さっきよりもハッキリと声が聞こえた。
「ランちゃん!!」
「くるみちゃん、落ち着いて……」
怒るくるみの声に続いて、戸惑う御嵩くんの声。
ケンカをしているらしいけれど、二人の他に「ランちゃん」と呼ばれる子がいるらしい。
もしかしたら、三角関係の修羅場なのかもしれない。
生徒会長の御嵩くんはカッコ良いからすごくモテる、幼なじみのくるみもすごく可愛い、仲の良い二人の姿に当然のように付き合っているという噂が出たけれど、くるみの全面否定でその噂は消えた。
でも、あの仲の良さは御嵩くんのことを好きな子にとっては面白くないはず。
違うと分かっていても、そばにいて二人を見ていると、付き合っていないことの方が不自然に見えた。
だからかな……見当違いなのに、くるみに八つ当たりする子もたまにいるものね。
くるみが怒らないせいか、私の方がいつも怒ってばかりいるけれど、陰湿なイジメに発展しないだけいいかもしれない。
いじめられてなくても、くるみが嫌な目に合っているのなら、親友として黙っているつもりはない。
(はっけーん)
今、助けてあげるからねっ!
次郎ののん気な声に続いて、私は気合を入れてから現場に踏み込んだ。
「あれ?」
三角関係の修羅場と勝手に思い込んでいた私の視界に飛び込んできた光景は、くるみと囲むように立つ三人の男子生徒の後ろ姿。
えーっと、三角じゃなくて四角関係??
予想していなかった光景に、掛ける言葉を探すより早く、私に気が付いたくるみが男子の間をすり抜け駆け寄ってきた。
「ハナちゃん、大丈夫??」
「あ……うん。遅刻してごめんね。すっごい寝坊しちゃった」
「いいの! 学校の帰りにハナちゃん家に寄るつもりだったんだよ! 学校来ても平気? 怖かったでしょ? ひどいことされなかった?? ごめんね、ハナちゃん」
くるみにしては珍しく早口で、息継ぎも忘れたように一気に言うと、私はギュッと抱きしめられてしまった。
あ……なんかいい香りがする。
驚いたけれど、女の子らしい花の香りがして、つい気を取られてしまった。
(あ、ハナー。ずりぃぞー! 俺も、俺もー。くるみちゃんにギュウされてー)
耳元でうるさい次郎は無視して、私はくるみの肩に手を置いて、優しくその身体を離した。
「大丈夫だって、本当に寝坊しただけなの。っていうか……一体どうしたの?」
「だって、だって……横倉先生に、変なことされちゃったんでしょ??」
くるみは大きな瞳に溢れてしまいそうなほど涙を浮かべている。
「ど、どどどどどど……」
どうして、それをくるみが知ってるの??
想定していなかった事態に、ますます頭を混乱させていると、くるみの向こうにいる男子三人がこちらを振り返った。
「え……なんで……」
声が聞こえていたから御嵩くんには驚かなかった、いつも一緒にいる風汰くんにも、でもありえない人物が、二人の間に立っている。
長かった前髪をバッサリ切り、イケメン度が増した彼だった。
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