ツイてる乙女と極悪ヒーロー【36】


 思い出して顔を強張らせた私に、彼は顔を覗き込むように身体を屈ませる。

「言ったよな?」
「だ、だけど……! それは言わないとあなた助けないとか言うから、し……仕方なく……」
「でも、言ったよな?」
「…………」

 ぐうの音も出ないと、まさにこのことだ。
 どさくさに紛れて言質を取られて、自分で蒔いた種とはいえ、状況は最悪だった。

「だ、だけど……っ」

 反論する言葉は見つからないのに、このまま彼のいいようにされることだけは避けたい。
 必死に言葉を探す私に対して、彼は余裕たっぷりだった。

「嫌ならもう一度あの変態を連れて来るか、放課後の保健室で制服姿の女子生徒とやれたら、アイツも本望だろうさ。お前もあんな机よりマシだろ。ここならちゃんとベッドの上で出来るからな」

 彼がチラリと見た先には、さっきまで私が寝ていたベッドがある。
 ベッドに押し倒される私と、荒い息で近付く先生を想像してブルブル震えた。

「わ、分かったわよ」

 私の完敗だった。
 どうやっても彼に勝てる手段が見つけられず、そもそも窮地に陥っていたとはいえ、自分で言ったことは間違いない。
 納得は出来ないけれど、ここでみっともなく言い訳を重ねるようなことはしたくなかった。

「何が?」

「だから、その……」

 彼が何を言わせたいのか、手に取るように分かる。
 ここで言ったら相手の思うつぼ、でも私に残された道はそれしかない。
 言ってしまったら最後、何もかもが変わってしまいそうで怖い。
 結局、みっともなくグチグチ悩む私の頭の中に、もう一人の私が現れた。

『ガツーンと言ってやりなさいよ。ご主人様って呼んで欲しいなら呼んであげるわよ! オーホッホッホッ!って』

 いや、それはなんか違うでしょ。

『じゃあ、なに。内股でモジモジしながら顔を赤らめて、ご……ご主人様ぁとか、言うつもりなわけ!? 何のプレイをするつもりよ!』

 いや、だからそれもなんか違うから。

 メイド服を着た頭の中の自分に実演されて、後者はどちらかというと横倉先生が好む方向のような気がしてならない。

「どうした、何が分かったのか言ってみろよ」

 彼の言葉が逃げ場を塞ぐ。

『言ってやりなさいよ! 早乙女花子! ドドーンと、ババーンと! そんなことも言えないようじゃ、女が廃るわよ!』

 男らしい頭の中の自分が腰に手を当てて、華麗に言い放った。
 あーもう、分かったわよっ!!
 半ば自棄になった私は頭の中の自分に負けないくらい男らしく啖呵を切った。

「下僕って呼びたいなら呼べばいいじゃないっ! でも、そう簡単にご主人様なんて呼んだりなんかしないわよっ!」

 最後にビシッと人差し指を彼に突きつける。

 決まった!

 口にした内容はともかく、グズグズ悩んでいるなんて自分らしくないし、こうなってしまったのだから割り切るしかない。
 彼に勝ったとは思わなかったけれど、みっともない自分には勝った気がした。

「クククッ」

 清々しさを満喫している私の前で、彼は突然声を上げて笑った。

「な、何よ……」
「やはり俺が思っていた通りの女だな」
「はい?」
「余分な物がくっついてはいるが、あれはあれで今後も使い道があるかもしれないしな」
「ちょっと、さっきから何を言ってるのよ!」
「喜べ、下僕」

 下僕、と呼ばれるとさすがにカチンとくる。

 我慢我慢と呪文のように心の中で唱えても、一向に効き目はないけれど、これは精神修行だと思うことにした。

「俺はお前を選んだ、早乙女花子」

 初めて名前を呼ばれた。

 最初は「君」だった。
 でも今なら分かる、この「おまえ」などと呼ぶ目の前にいる口の悪い彼が本性だ。
 そんな彼に名前を呼ばれて不覚にもドキッとしてしまったけれど、これで終わりではなかった。

 彼の右手がゆっくりと前髪をかき上げる。
 スローモーションのように、ゆっくりと露わになる彼の顔に、心臓が大きく音を立てた。

 さっきの……イケメン男子?

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