ツイてる乙女と極悪ヒーロー【34】


 夢を見た。

 私は幼い頃に変態王ヨコクーラに誘拐され、それ以来ずっと塔に幽閉されるお姫様で、小さい頃からの話し相手といえば、その塔に住み着いているというジローという名の幽霊。

「ねぇ、ジロー。私を助け出してくれる王子様は来ないのかしら」

(別にいーじゃん。俺と遊んでよーぜー)

「嫌よ! ヨコクーラに何をされるか分からないのよ。もうずっとこんな所に閉じ込めて、食べ物を与えるだけなんて……。ヨコクーラは人食いなの? 丸々太らせたところで、私を食べるんだわ。そうなんだわ! きっと痩せたままなら食べられずに済むわよね」

 自分の可哀相な境遇を憂い、ドレスの袖口で目元を拭うと、高い天井の部屋で宙返りをしたジローが笑う。

(なー? ほんと成長しないよなー。いつまで経ってもドレスの胸はぺたんこでさー。マジ萎えるわー)

「なんですって!?」

 私はまだ手付かずだった食事のトレイから、フォークを掴むとジロー目掛けて投げつけた。
 フォークは当然のように、幽霊のジローの身体を突き抜けて、壁に当たるとカランと音を立てて床に落ちる。
 はあ……、本当に私はいつまでここに閉じ込められているのかしら。
 窓は身長よりも遥か上。
 この身を投げることも出来ない、唯一あるドアには錠が掛けられていて、ビクともしなかった。
 死ぬまでここに閉じ込められているのかもしれない、絶望をジローと話すことで紛らわせていた日々は、突然終わりを告げた。

 どうやって入って来たのか、窓辺に立ったのは全身黒尽くめの男。
 怪しい風貌と唐突な登場に驚く暇もなく、男は腹が立つほど偉そうに私を指差した。

「助けて欲しいか! 助けて欲しいなら、今すぐ俺様にひれ伏すがいい!」

 そして、同時に分厚い扉が開いて、変態王ヨコクーラが姿を現す。

「さあ、乙女姫。今日はこのドレスを着ましょうねー」

(おお、究極の選択ー)

 のん気なジローの言葉に、私は両頬に手を当てて叫んだ。



「どっちも、嫌ーーーっ!!」

 自分の声に目が覚めて、パチッと目を上げて視界に映ったのは、変態王ヨコクーラでも黒尽くめの男でもなく、真っ白な天井だった。

 夢……で、良かった。

 ホッとして起き上がろうとした私は、自分が寝ている場所が保健室のベッドの上だということに気が付いた。

 あれ、私……どうしたんだったけ?

 起きたばかりの頭はボンヤリするけれど、起き上がろうとして痛んだ腹部に、すぐに記憶が鮮明に蘇った。

「そう、私は変態王ヨコクーラ、じゃなくて横倉先生に捕まって、それから……あの図書館の男に……」

 一部始終を思い出して、殴られた腹部に手を当てた。
 助けに来てくれたとはいえ、あまりにも失礼な彼の言動の数々に沸々と怒りが込み上げる。

 ハッ……そういえば!!

 先生にされたことを思い出して、慌てて掛けられた布団を捲ると、外されたはずのボタンはすべて留められていた。
 良かった……、本当は良いことなんて一つもない、それに殴られる前に彼が言っていたことを思い出して、怒りとも悲しみともつかない感情に自分の身体を抱いた。
 他にも被害に合った子がいるなんて……信じられない。

 でも、先生は捕まった。
 御嵩くんと風汰くんが来て……。

 どうしてあの二人が来たの? まるでそうなることを知っていたかのように、彼と同じようにふらりと現れた。

「ぜっんぜん、わかんないっ!」

 まだ混乱しているだけかもしれない、とにかく彼に話を聞きに行かなくちゃ、その前に次郎がどうなったのかも聞かなくちゃいけない。
 気持ちが逸り、ふらつく身体にも構わず、ベッドから降りて、引かれていたカーテンを開けると、窓際に誰か立っていた。

 最後の力を振り絞るような強い西日を受け、逆光で見えないその姿に目を凝らしていると、こちらに気が付いたのか、ゆっくりと近付いて来る。

「だ、誰……ですか?」

 夕日を背中に浴びたまま、私の前に姿を現したのは、文庫本を片手に前髪をかき上げている美少年だった。

 うそ、イケメンッ!!

 まるでマンガの世界から飛び出したようなイケメンに、ポカンとしてしまった私は慌てて身なりを整えた。

「あ、あの……」

 さっきよりも高い、女の子らしい声で聞くと、側まで来た彼は私を見るとニコッと笑った、ように見えた。。
 近くに来るまで気が付かなかったけれど、よく見ると彼の瞳は黒でも茶でもなく、透き通るようなアメジスト色をしている。

「大丈夫か?」

 声を掛けられて、さっきとは違う夢を見ているのかと思った。
 彼の肌がもう少し浅黒かったら、この前読んだ少女マンガに出て来たアラブの王子にそっくりだったからだ。

「気分は?」

 吸い込まれそうな瞳に見惚れる私は、低いけれど心地良いその声が、聞き覚えのある声だとも気付かず、夢心地で「大丈夫」と答えた。

 これってもしかしたら運命の出会いかもしれない、そう思うと弥が上にも胸が高まってしまう。
 こんなカッコいい人が同じ学校にいたなんて、どうして今まで気が付かなかったんだろう。

 学校は広いし、もしかしたら三年生か一年生なのかもしれない。一年生だとしたらいきなり年下の彼!? 

 一気に飛躍した脳内妄想で、私の頭の中には「年下上等!!」の文字が躍った。

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