ツイてる乙女と極悪ヒーロー【33】


 先生が戻って来ちゃう!

「じゃあな。一生の思い出に残るように、せいぜい綺麗に撮って貰うんだな」

 捨て台詞ともいえる言葉を吐いて、彼はどこかへ隠れてしまった。

 ど、どうしよう……。

 先生の戻って来る足音が、まるで死へのカウントダウンに聞こえる。

「待たせてごめんね。寂しかっただろう」

 戻って来た先生に、頬を撫でられて全身に悪寒が走る。
 寂しくない、と答えようとして慌てて口を閉じた。
 さっきまで口を塞がされていたことを思い出して、咄嗟に機転を利かせられた自分を褒めてみたけれど、慰めにもならない。

「新品のメモリーカードがあったよ。もう待たせないために、予備も持って来たからね。たくさん撮ってあげようね」

 先生は手の中に持っていたらしいメモリーカードを、パラパラと机の上に落とした。
 ありがたくもない心遣いに、顔が引き攣って声も出なかった。

 先生がカメラを構える。

 また写真を撮られるのは嫌だ、目の奥がチカチカするフラッシュの嵐を思い出して、震える唇を開いた。

「た……助けなさいよー! 助けてくれたら、下僕でも、メイドごっこでもしてやろーじゃない!」

「なに……?」

 動揺した先生がカメラを覗きこんでいた顔を上げた。

「そこの変態と同じにするなと言っただろう。だが、その言葉を忘れるなよ。今、この瞬間からお前は俺のものだからな」

 彼の声がした。
 どこに隠れていたのか、私を頭の方から見下ろすように立った彼は、カメラを持って後ずさる先生を睨みつけた。

「な、なんだ、君は!!」
「それを聞いてどうするんです? もう逃げられませんよ」

 私と話していた時とは違う、怖いほど冷えた声を出しながら、彼は私を縛っている紐を切っていく。
 両手が自由になり、強張る身体を叱咤して起き上がると、両足もすぐに自由になった。
 痛む手首をさすりながら、先生との間合いを詰めていく彼を目で追った。

「何のことだ。ぼ、僕は……僕達は愛し合っている。君には関係ないことだ。出、出て行きたまへ!!」

 えぇぇぇっ!?

 開き直ったのか、とんでもない発言をする先生に、私は慌てて首を横に振った。

「ない、ありえないからっ!!」

 彼が先生の言葉を信じるとは思わなかったけれど、全力で否定したのに彼は私のことを完全にスルーした。

「残念ながら、他の生徒から被害届が出ています。彼女は心に大きな傷を負いましたが、幸いにも最悪な状況からは逃れられた。そのことが彼女を救ったことは事実ですが、貴方がしたことは許されるべきではない。学校側としては、貴方を内々に処分することを決定致しました」

 冷え冷えとした彼の声、淡々と話す内容を聞いて、他にも被害に合った子がいることにゾッとして、最悪な状況から逃れられた、という言葉にホッとした。

 彼が一歩踏み出すと、先生が一歩後ずさる。

「う、うわぁぁぁぁっ!!」
「キャアッ!!」

 突然、先生が側にあった三脚を、ビデオカメラごと振り回した。
 咄嗟に頭を下げて直撃は免れたけれど、頭のすぐ上を「ブンッ」と音がして、ビデオカメラが通過しいく。

 キ、キレた……。
 まるでハンマー投げのように、三脚をグルグル回されて、恐ろしくて顔も上げられない。

「ぼ、僕は悪くないっ!! 僕は悪くないーーっ!! 僕を惑わす彼女達が、悪いんだーー!」
「往生際が悪いで……」
「ふざけんじゃないわよーーーっ!!」

 頭の中でブチッとする音がしたかどうかは分からなかったけれど我慢出来なかった。

 悔しい、悔しくて堪らない。
 被害にあった女の子がいったいどんな気持ちだったか、決して他人事じゃなくその辛さが痛いほど分かる。

「うぉぉぉぉっ!!」

 女子力が足りないとか、そんなことを気にする余裕もなく、私は机の上に膝立ちになり、ただ夢中で飛んでくるビデオカメラを、さながらドッジボールのごとく胸元で受け止めた。

「う……ぐっ」

 激しい衝撃を身体に受けて、息が詰まったけれど、受け止めたビデオカメラを掴んだまま先生を睨みつけた。

「謝んなさいよ! この変態っ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ」

 先生が間抜けな声を出して、三脚を手放して逃げようとする姿に、今度は私が三脚を振り上げた。

「おい。大人しくしてろ。お前が出てくると話がややこしくなる」
「え……っ?」
 
 グッと鳩尾が強く圧迫されて、目の前が暗くなったかと思ったら、すぐに身体がグラリと落ちる。

「う……ぐっ」

 腕に抱き留められ、床に落ちることはなかったけれど、代わりに落ちた三脚が激しく音を立てた。
 息が詰まり遠くなる意識の中、パチパチという拍手と「離せー」という先生の声が聞こえる。

「まったくー、乙女ちゃんは、カッコいいなー。さすがくーちゃんの親友。」
「ラン、手荒なことはしない約束だっただろう?」
「そうだよー。乙女ちゃんは一応女の子なんだから、鳩尾はダメでしょー。落ちちゃってるじゃん」
「状況が変わった。こうでもしなければ、今度はこいつが傷害事件を起こすところだ」

 御嵩くんに風汰くん?
 どうして……二人がこんな所にいるの?、

 聞きたいことはあるのに、目を開けることも口を開くことも出来ず、優しく抱き留める腕の中で、意識を手放した。

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