ツイてる乙女と極悪ヒーロー【26】
浅い呼吸を何度も繰り返す私の横で、先生はさっき運んで来た道具の準備を始めた。
あれ、なに……ビデオ?
三脚の上に取り付けている機械に、私は大声を上げそうになったけれど、また口を塞がされるわけにはいかず、落ち着くように深呼吸をしてから口を開いた。
「あ、あの……先生。それ、何ですか? いったい、何をするつもりなんですか? どうしてこんなことするんですか? 早く手を解いて下さい!」
冷静に話をしようと思うのに、声は震えてしまうし、聞きたいことばかりが次々から出て来た。
「質問の多い子だねぇ。でも、先生はそういう子は大好きだよ」
「先生、質問に答えて下さい!」
薄暗い部屋の中で、三脚に取り付けられたビデオカメラの電源が入った音がする。
レンズを私の方へ向け、四角い液晶画面を覗き込む先生の顔が、不気味に浮き上がった。
ど、どうしよう……。
何をされるのか、薄々だけど気が付いている。
まさか先生が……というより、まさか自分がこんな目に合うなんて思ったこともない。
「僕はね、本当は中学の教師になりたかったんだ」
設定が終わったのか、三脚から離れた先生は今度はカメラを手にしている。
家にあるような小さなカメラではなく、黒くて大きなカメラ、先生は慣れた手付きでカメラを構えながら話を始めた。
「でもね、兄二人がすでに中学の教師で、姉は小学校、それで両親は僕に高校の教師になるように言ったんだ。僕は嫌だったんだよ、だって高校生なんて気持ち悪いじゃないか。胸は女のように大きくなるし、体つきも変わって、男の視線ばかりを気にするようになる」
怖い、感じたことのない恐怖に、声が出ない。
「小学校でも良かったんだけど、必ずしも5,6年生を受け持てるわけじゃないしね。だから中学生が良かったんだ。中には大人びた生徒もいるけど、ほとんどが発育途中だからね」
ピピッと音がした次の瞬間、目の前が真っ白になるほど眩しく光った。
「ヤ……ッ」
いきなり写真を撮った先生は、カメラを覗きこんで満足そうに頷くと、身体を屈めてカメラの液晶画面を私に見せた。
画面に映し出されたのは、両手両足を大きく広げ、泣き出しそうな顔をしている私。
「でも、僕は両親に期待されていたからね、期待を裏切るなんて出来なくて、仕方なく高校の教師になったんだ」
先生はもう一度カメラを構えると、今度は連続してシャッターを切った。
シャッター音がするたびにフラッシュが光り、あまりの眩しさに目を閉じても瞼の向こうの光に目がチカチカする。
「本当に高校の教師なんてつまらないよ。短いスカートからムチムチした太ももを見せて、臭い化粧をして吐き気のするような汚い言葉遣い。頭の中では男とやることばかり考えている」
違う、そんなことない。
中には派手な生徒もいるし、高校生らしくない化粧をしている子もいる、でもみんな中身は普通の高校生。
ごく一部の特別な子を見て、みんな同じなんて思われたくない。
「だけど気が付いたんだよ。一年生は違う。真新しい制服も初々しい。着崩すなんてことをしない。身体もまだまだ幼い」
一旦言葉を切って、シャッターを押すと、先生はようやくカメラを置いた。
逃げなくちゃ。
頭の中で危険信号が点滅している、次郎の「何とか逃げろ」という言葉が繰り返す。
次郎、次郎次郎……もう、どこいったの??
恐怖で強張る喉は、次郎の名前を呼ぶことも出来ない、大きな声を出したら口を塞がれたらと思うと、ますます声を出すことに勇気がいった。
「ただね、そろそろ潮時だと思ってたんだ。今の子は成長が早くてね、一年生の中で目ぼしい子はみんないなくなっちゃってね。そんな時に、乙女ちゃん、君のことを知ったんだよ」
え、私!?
「学校内では必要以上に生徒と接触しないようにしてるんだ、特に女子生徒は臭いからね。でも、あの時ノートを拾ってくれた乙女ちゃんを見て驚いたよ。二年生なのに、まだ大人には遠い」
遠いって、それってつまり……。
「僕は大馬鹿だったよ。発育の早い子もいれば、当然遅い子もいる、そんな簡単なことにも気が付かないなんて。乙女ちゃんもそう思うだろう?」
クスっと笑う先生に同意を求められたけれど、思いませんと心の中で返事をした。
今も変わらず怖いはずなのに、やんわりと失礼なことを言われたせいか、ほんの少しだけれど恐怖が和らぐ。
発育と言った時の先生の視線が、自分の胸元に注がれていることに気付いてしまった。
先生の長い話を聞いて、さらに具体的に発育の遅い部分を無言で指摘され、ようやく先生の本性に気が付いた。
変態、HENTAI!!
小さな子が好きな変態、それなのに……高校二年、17歳なのに選ばれた私って……。
「女の身体になる前、脂肪に守られることを必要とせず、化粧もしてなければ髪も染めてない。そして何より、先生を先生と慕う、純粋さを持っている」
仲良くなるために取っていた行動が決定打になったらしい。
私の頭の中で悲しい鐘の音が響いた。
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