ツイてる乙女と極悪ヒーロー【25】
(……! ……子! ハナ、おいハナッ!!)
「んー、次郎なにー? 起こさないでって言ってるでしょ? 一体、今何時だと……」
(寝ぼけてんじゃねぇって! 早く、起きろ! そんで、今すぐ逃げろっ!!)
初めは遠くで聞こえていた声は、徐々に大きくなり耳元でワーワーと喚いている。
うるさいなぁ、もう……。
いったい何をそんなに騒いでいるのか、起きてブン殴……ることは出来ないから、一日アニメとマンガ抜きの刑にしてやる。
目を開けると辺りはまだ薄暗く、いったい何時に起こしたのかと時間を確認しようとすると、また次郎が耳元で叫んだ。
(ハナッ! 早くしろ、ヤバい!!)
「ヤバいのはあんたの存在なんだって、でも待ってなさいよ。今日にはあんたもちょちょいっと祓われて……」
起き上がろうとして異変に気が付いた。
あれ、私……何してんの??
てっきり退屈な次郎に朝早く起こされたのだと思った、でも周りをよく見ると化学室の中で、薄暗いのは暗幕が引かれていたかららしい。
混乱する頭で思い出した。
今日はようやく次郎を除霊出来る、だから私は横倉先生のいる化学室へ……行って、それからいつものように先生とコーヒーを飲んで……。
「ちょ……っ、なによ、これっ!!」
(気付くの、おっせーよ!)
次郎の言うとおり、どうしてすぐに気が付かなかったのか、私は化学室の机の上に大の字で寝かされ、両手両足を四隅に固定されていた。
「次郎、次郎ってば! なに、これっ!! どういうこと!?」
四肢をバタつかせても、きつく縛ってあるのか、せいぜい動いても1〜2センチ、唯一自由に動く頭を動かして周りを見渡した。
(横倉に騙されたんだよ!!)
「騙されたって??」
(あーもう、説明は後だ! 早くしねーと横倉のやつが戻って来る!! 逃げろって)
「逃げろって言われても、どうやって解けばいいのよーー」
力で何とかしようと、腕を力いっぱい引っ張っても、紐が手首に食い込むばかり、足も同じ結果だった。
何とかしようと、まるでまな板の上の魚のように、身体をバタつかせていると、私の上で焦った顔をしていた次郎が慌てて振り返った。
(戻って来る!)
「えっ!? なに、誰が!!」
(横倉! あーもう、いいから何とか逃げるんだぞ。俺は助けを呼びに行ってくる! くっそー、何がハナには危険はないだ!)
「やだっ、次郎!! 一人にしないでよっ!!」
ブツブツ言いながら離れて行く次郎の姿を、頭を起こして目で追っていると、次郎とすれ違うように準備室の扉から横倉先生が姿を現した。
白衣姿の先生がゆっくり近付いて来る。
「せ、先生っ!! これ、どういうことですか!!」
「あれ? 声がすると思ったら、もう起きちゃったの?」
私のところまで来た先生は、持っていたいくつかの機材を隣の机に置くと、白衣のポケットに手を突っ込んで、私の顔を真上から見下ろした。
信じられない気持ちで先生を見上げるけれど、先生はいつもと変わらない表情、むしろいつもよりも楽しげに見えて、それが私の恐怖を誘った。
「せ、せ……ん、せい。解いて下さい」
「やっぱり薬の量が足りなかったのかな。二年生は初めてだから、薬の加減が難しいな」
「先せ……んぐっ!」
「シーッ」
先生の大きな手が口を覆った。
強く押し付けられ、おまけに鼻まで覆われて息が苦しくなる。
「大きな声はいけないよ。声が出ないように口を塞ぐなんて可哀相なこと、僕はしたくない」
私の口と鼻を覆ったまま、先生はうっとりした顔で言う。
私は息苦しさに耐えかねて、頭を振って先生の手から逃れようとすると、先生の手がさっきよりも強く押し付けられた。
「どうしたの? 息が出来ない?」
顔を近付けて聞く先生に、私は頷けない代わりに瞬きを何度もした。
ほ……んとに、苦しいんだけど……。
「大声を出さないと約束出来るなら、手を外してあげよう。どうかな?」
あくまで優しい雰囲気を崩さない先生の声に、私は迷うことなく瞬きで頷いた。
すぐに先生の手がどけられると、私は空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
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