ツイてる乙女と極悪ヒーロー【22】
「明日の放課後、必ず化学室に行け」
「何で?」
「君が理由を知る必要はない」
こうもあっさり言われるとムッとする。
「あのねぇ、私は先生に近付くってのをちゃんとやったでしょ? いつ除霊してくれるの??」
「まだ依頼は終わっていない。まずは自分の仕事をやれ、話はそれからだ」
いったい何が目的なのか分からないけれど、まだ彼の依頼を達成出来ていないのなら、私は言うことを聞くしかない。
(ハナー、こいつ誰ー)
探検を終えたらしい次郎が、本棚をすり抜けるようにして私のところまで来た。
「あ、あの……」
そういえば、彼の名前も知らないことに、今さら気が付いた。
何て紹介するべきか悩む。
正直に「あんたを祓ってくれる人よー」と言うのは、さすがに良心が咎めてしまう。
(……ハナ)
私が悩んでいると次郎が珍しく深刻な声を出して、私の背に隠れるように下りてくる。
「ど、どうしたのよ」
彼が次郎のことに気付いているのか気になり、チラチラ彼の様子を窺いながら、背中に張り付いた次郎を振り返った。
(コイツ、なんかヤバイ)
「はあ? どういう意味……ハッ、もしかして彼も人間じゃないとか?」
「バカか」
(バカ、違うって!!)
二人の声が重なったような気がして、二人の顔を交互に見比べるけれど、次郎は深刻な顔をしているし、彼は表情一つ変えていない。
何がヤバイのか分からないけれど、私には次郎がふざけているようには見えなかった。
「ちょっと、次郎……いったいどうしたの?」
(だって、コイツ……俺のこと、すげー睨んでる!!)
「睨んでる?」
まさか、と思って彼の方を見たけれど、私には彼の視線を見ることは出来なかった。
あの邪魔な前髪をかき上げれば見えたかもしれないけれど、さすがに親しくない相手の前髪をかき上げる勇気は無い。
「あの……、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
(ハナー、やべぇって。早くここから出ようって!!!)
耳元で次郎が激しく捲くし立てる。
(なんか変。ここ変っ!! だって何もいねーもん! ハナは知らないかもだけどなー、幽霊ってわりとその辺にいるんだぞ! 中には怖いやつもいるけどさー、なんか迷子になってるかわいそうな感じの人とか。学校ん中にだってウジャウジャいるのに、ここ、すっげー古いのに、何もいねー! ってか、生き物……虫とかもいねぇんだって!!)
「じ、次郎?」
ビクビク怯えているけれど、顔だけ覗かせて次郎は彼の顔を見ている。
(アイツ、何者?)
「何者って……」
名前だけじゃなく、彼が何者なのかも知らなかった。
御嵩くんの紹介ということで、気を許していた部分は大いにあったけれど、生徒の中に彼を見た記憶はない。
学年が違えば顔を知らなくて当たり前だけれど、こんな風貌をしていたらさすがに目立ちそうなもの。
「ええっと、あの、ですね……」
私達のやり取りに気付いているはずなのに、何も言わない彼に何から聞けばいいのか分からない。
「確かに、悪いものではないが、そんなものが纏わり付いていたらうるさいな。この場で消してやろうか」
(ヒィッッッ!!)
「えええっ!?」
彼の言葉にも驚いたけれど、本気の叫び声を上げる次郎にも驚いた。
「と、思ったが……君が依頼を完了させることが条件だ。今は我慢しておいてやる」
「やっぱり……これ、見えてるだけじゃなくて、声も聞こえてるんだ」
次郎を振り返ればあからさまにホッとしている。
彼は何も答えなかったけれど、今の言葉や次郎の様子を見れば聞くまでもなかった。
実は今の今までほんの少し疑っていただけに、彼に視える力があると分かって、今さらながら安心した。
明日、先生を訪ねて化学室に行けば、無事に除霊をしてもらえる。
ようやく願いが叶うというのに、あんなに怯える次郎を見たせいか、気持ちは晴々しているとは言い難かった。
―22/46―
prev | next
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]