ツイてる乙女と極悪ヒーロー【21】
彼と約束した一週間後、私は再び図書館の前に立った。
(今日はあっちに行かないのかよー)
不満そうに次郎が唇を尖らす。
「何よ、先生の所に行けば行ったで、ブツブツ文句ばかり言うくせに」
(コーヒーなんか飲んで、何が楽しいのか分かんねぇー)
あの後、私が化学室へ顔を出すと、先生は喜んで迎えてくれて、約束通りコーヒーとクッキーを出してくれて、お喋りをした。
話は話題のドラマの話から、先生の学生時代の話まで、先生は話し上手だったけれど、私の話もちゃんと聞いてくれた。
(いい歳した先生に「乙女ちゃん」とか呼ばれて、ニヤニヤしてるハナなんてー、ハナなんかじゃねぇんだぞ)
「いい歳ってねぇ、先生はまだ29歳なの。あ、来月誕生日なんだってー。何かプレゼントしよっかなー」
話をしているうちの色々聞いた。
今は彼女がいなくて一人暮らしなこと、音楽は車に乗る時に聞く程度。
それからこれは聞いたわけじゃないけれど、たぶん先生はマンガやアニメが好きみたい。
十分すぎる成果に、自信を持って目の前の図書館を見上げた。
「じゃあね、次郎。あんたとこうして話せるのもこれで最後かもねー」
次郎を仰ぎ見て「ベッ」と舌を出すと、次郎はムスッとしただけで何も言わなかった。
本当にこれが最後になるかもしれない、一抹の寂しさはあるものの、間違っているとは思わなかった。
私は振り返らず後ろ手で次郎に手を振ってから、躊躇することなく図書館の扉を開けた。
一歩、足を踏み入れると、やはり外と空気が違うのが分かる。
通路を進み、前と同じように開けた場所で一旦立ち止まった。
(なんだ、ここー)
「次郎っ!?」
後ろから聞こえて来た声に振り返ると、次郎は物珍しそうに辺りを見渡している。
「入れないって言ってたじゃん!! バチバチするとか、なんとか」
(分かんねー。今日はスルッと入れたー)
「何、それ」
じゃあ、この前は一体何だったのかということになる。
次郎の自作自演かなとも思ったけれど、そんな馬鹿げたことをする理由が見当たらない。
「まあ、いいや。とりあえず騒がないで大人しくしててよね」
一応言ってみたものの、子供のようにフラフラと見て回り始めている次郎の姿に、忠告するだけ無駄だとすぐに悟る。
まぁ、いいか。
もうすぐ除霊して貰えると思うと、次郎の勝手な行動も許すことが出来た。
次郎のことは気にせず、私は真っ直ぐ階段を上がり、この前彼が居た場所を目指した。
建物に入っただけなのに、さっきまで聞こえていた部活動の音は一切聞こえない。
古い建物なのに軋む音もしない、静寂という言葉がしっくりくる。
壁伝いに歩いて角を曲がると、彼はあの時と同じ場所で、同じように本を読んでいた。
違うのは、私が彼の側まで来ると、開いていた本をすぐに閉じたこと。
今日も白いシャツに黒いパンツ、相変わらず長い前髪が顔の半分を覆っている。
「で?」
短い言葉で報告を促されて、私は一週間の成果を伝えた。
今度は携帯も弄らず黙って私の話を聞き、聞き終わるとわずかに上げた顔に笑みを浮かべたように見えた。
「やはり、お前で正解だったな」
「え?」
ごくごく小さい声で呟かれた言葉は、こんなに静かなのにハッキリ聞き取ることは出来なかった。
―21/46―
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