ツイてる乙女と極悪ヒーロー【23】


 夜、私は明日に備えて早めにベッドに入った。
 いよいよ明日だと思うせいか、気持ちが昂ぶって眠りが訪れない。

 眠くなるまで本を読んでいようかと、部屋の電気を点けてると、ぶすっとしている次郎の姿が視界に入った。

「ねぇ、何を不貞腐れてんの? 明日、除霊されちゃうから?」

 ここ数日、次郎の指定席になった勉強机、次郎は今日も勉強机にどかりと腰を下ろしている。
 実際には浮いているんだろうけど、私の目には行儀悪く、でも寛いでいるように見えた。

「次郎?」

 いつも私が眠るギリギリまで話し続けているくせに、どうやら今は本当に機嫌が悪いらしい。
 返事をしたくないのか、次郎は黙っているくせに、表情だけで私に不満を訴えかけてくる。

「帰るとき、どっか行ってたでしょ。大好きなアニメの時間を過ぎて、ふらりと戻って来たと思ったら、ずーっとそんなんじゃん。なんかムカつく幽霊にでも会ったの?」

(別に……)

 ムスッとした声で返事をしたと思ったら、次郎はふわふわと浮いてベッドの上で止まった。
 お腹の辺りに浮かれて、一種の心霊現象のようにも見える。

(明日……)

「なーに、やっぱり祓われるのが怖いんでしょー」

(聞けよ!!)

「次郎??」

 次郎に真剣な顔で見下ろされて、茶化す気持ちが吹き飛んだ。

(明日、本当に行くのかよ……化学室)

「行く、けど。それが、どうしたの?」

(バカ、ハナ!)

「はあっ!? 何、失礼なこと言ってんのよ!」

(ハナはバカだ。大バカだー!)

「あーもう、うるさいうるさいっ。何があったか知らないけど、私に八つ当たりとかしないでよね。私は寝るから、いつもの場所に戻って!」

 勉強机の方を指差して、すぐに点けていたベッド脇のライトの明かりを一番小さく絞る。
 薄闇になった部屋は、次郎の姿をあっという間に見えなくした。

「次郎?」

 姿は見えなくても、まだ同じ場所にいる気配がする。
 いつもの次郎らしくない態度に、もう一度明かりを点けようかと迷っていると、次郎が動く気配がした。

 次郎……?

 見えないのに、次郎が私の枕元に移動したのが分かる。

「ねぇ、本当にどうしたの? やっぱり、明日のことが心配? 大丈夫だよ、怖いかもしれないけど、成仏した方がいいと思う。天国に行く道だって、きっと分かるはずだよ」

 手を伸ばしても触れられるわけがないと分かっていたけれど、次郎がいると思う場所に手を伸ばす。
 指先には何も触れていないけど、気のせいか手の辺りの空気が動いた気配がした。

(なぁ、聞いてもいいか?)

 次郎がいるだろうと思っていた場所から声が聞こえ、私はなぜだかホッとして「いいよ」と答えた。

(俺が死んで、悲しんだか?)

 初めて聞かれた。
 聞かれたことへの驚きよりも、くだらないことを聞かれた怒りが爆発した。

「当たり前でしょ! 悲しかったに決まってるじゃない。いっつもいっつも迷惑かけてるから清々しているとでも思ったの?? 私はそんなに薄情じゃないんだからね! どれだけ迷惑掛けられたって、生きてくれてる方がいいに決まってる!」

(へへっ)

「へへっ、じゃないっ! 何、嬉しそうな声出してんの!」

(ハナ、俺のこと好きだもんなー)

「はあ? あんたみたいにおっぱいのことしか頭にない男のことなんて、誰が好きになりますか!」

 私が好きだったのは、おっぱい星人になる前の次郎、でも悔しいから絶対に次郎には教えない。

(はいはい。素直じゃないねー。安心しなさいって、これからも俺がずーっと側にいてやるからなー。寂しくない、寂しくなーい)

「私の話聞いてた? 明日、祓われる運命な・の!」

 すっかりいつもの調子に戻った次郎に巻き込まれ、今夜も夜更かし決定の予感がした。

―23/46―
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