ツイてる乙女と極悪ヒーロー【20】
次の日から彼に言われた通り、横倉先生に近付こうと校内をウロウロした。
くるみには色々聞かれたけれど、彼に「他言無用」と釘を刺されていたために、本当のことは言えず、ただ「引き受けてくれそう」とだけ答えた。
授業で接点のない先生に近付くことは難しかったけれど、きっかけは偶然やってきた。
休み時間になるたびに、先生と話すきっかけがないかと、半ばストーカーのようにつけまわしていた私の前で、先生が授業で集めたらしいノートを廊下に派手に落としてしまった。
こんなチャンス二度と無い、と私は慌てて駆け寄った。
「手伝います!」
「ありがとう。えっと、君は……」
「二年の、早乙女です」
それからは信じられないほど上手くいった。
今までほとんど顔を合わせることがなかった先生と、廊下ですれ違うことが多くなり、そのたびに私は何かと理由をつけて話しかけた。
◇ ◇ ◇
「わざわざ悪かったね」
先生に近付く作戦を始めて三日目、化学室に教材を運ぶ先生を見つけた私は迷うことなく手伝った。
「いいえ! 気にしないで下さい」
私はまるで優等生にでもなった気分だった。
決して成績は良くないけれど悪くもなく、素行も悪くないけれど目立つこともない、かといって存在がないわけでもない。
ごく普通の生徒だと自覚があるだけに、こんな風に先生の役に立つことは素直に嬉しかった。
「そうだ、時間あるかな」
「はい?」
「ああ、手伝ったお礼にコーヒーでも、と思ってね。美味しいクッキーもあるんだ。あ、もちろん他の生徒には内緒だよ。授業を受け持ってなくても、贔屓とか色々言う子もいるからね」
これはさらにチャンスかも!
近付くというだけならもう十分だと思ったけれど、親しくなったかというと少し自信がなかった。
ここで一気に距離を縮めれば、一週間後には彼に胸を張って報告が出来る。
先生は印象通りいい先生だった、他の先生のように偉そうにしないし、見た目だって気持ち悪くもないし、話も面白かった。
迷うことなく返事をしようとする私の耳に、いきなり次郎の声が飛び込んで来た。
(ハナ、帰るぞ!)
次郎は相変わらず今日も機嫌が悪い。
理由はハッキリ言わないけれど、先生と私が一緒にいると文句ばかり言って、必ず私の視界に入るところにいた。
冗談半分でヤキモチでも妬いているのか聞いた私に、次郎はこれ以上ないほどバカにした顔で私を見てから、鼻で笑って答えもしなかった。
(ハナ、いい加減にしろって!!)
珍しく次郎が怒気を孕んだ声で怒鳴った。
いつもヘラヘラ笑っている次郎が、こんな風に声を荒げることは珍しい。
「早乙女さん? どうしたの?」
ちょうど私と先生の間にいる次郎を、信じられない思いで見ていると、先生に名前を呼ばれてハッとした。
「あ……、すみません。今日は用事があって、残念です」
気付けばせっかくの先生の申し出を断っていた。
チャンスだったのにな……。
もったいないことをしたと思うけれど、怒りを露わにした次郎の存在を無視することは出来なかった。
「そう。じゃあ、また今度。時間があったら、放課後にここにおいで。先生がとっておきのコーヒーを淹れてあげよう」
「はいっ」
断ってしまったのに、先生は怒ることも嫌な顔もしないで、また誘ってくれた。
先生にもう一度謝ってから部屋を出ると、さっきの本気の怒りはどこへやら、次郎はいつもの調子で頭の上をふわりと舞う。
(早く帰ろうぜー。今日もアニメアニメー、マンガマンガー)
「何よ、さっきまであんなに怒ってたくせに」
(ハナが頭悪ぃからだろー)
「バカにバカって言われたくなんかありません。今日は真っ直ぐ帰ろうっと。本屋も寄らないし、帰ったら録画してあるドラマ見てやるんだからっ」
毎日毎日、次郎の言われるままに、本屋で立ち読みをさせられているけれど、今日は言うことを聞くつもりはなかった。
これくらいの仕返ししたって、バチなんて当たらない。
(バカだよ。ハナは気が付いてないだけで、すっげぇバカなことしてんだよ。心配してるこっちの身にもなれっつーの)
「何か言ったぁ?」
階段を降りながら振り返ると、少し後ろにいた次郎が追いかけて来た。
(今時、イチゴ柄のパンツはどうなんだーって言ったんだよ)
「あんた、また見たの!?」
今日の下着を言い当てられて、慌ててスカートを押さえた。
着替える時は部屋から出て行くように言ってあるのに、どうやら今日もしっかり見られていたらしい。
(見えただけだってー。イチゴのパンツじゃなー、俺はさすがに萌えないからな、俺は、な)
「何よ、その言い方」
(べっつにー)
含みのある次郎の物言いが引っ掛かったけれど、連日のように下着の幼稚さを指摘されていることを思い出した。
そういえば、くるみも下着は上下お揃いで買ってるって言ってたっけ、他の子もなんかレースが付いてたり、可愛いブラしてる子多かったし。
次郎に下着を指摘されて以来、体育の着替えの時にチラチラ周りを見てチェックもした。
下着の可愛さで差をつけられているだけではなく、その中身も周りと圧倒的に差がある現実に落ち込んだ。
中身で勝負とも胸も張れず(張って大きくなるならいくらでも張るけれど)、下着だけでも早急に可愛くする必要があるかもしれない。
発育の悪さと女子力の足りなさを思い知り、こっそりと溜め息を吐いた。
―20/46―
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