ツイてる乙女と極悪ヒーロー【18】


 第一印象は最悪だったけれど、話を始めるとそれは最悪から嫌な奴で変な人に変わった。

「あの、それで……依頼料っていくらなんですか?」

 回りくどいことが嫌いな私は、話を先に進めたい一心で聞いた。

「いくらなら出せる。その悩みを解決するため、君はいくらまでなら出せる」

 試されていると、すぐに思った。
 ここで低い金額を提示すれば、その程度の悩みなのかと言われそうな気がする、強く確信することが出来た。
 大事なことは「払えるかどうか」であって、実際に私が彼に支払うことが出来る金額はあまりにもお粗末だった。

「一万円」
「話にならないな」

 バイトはしていないし、月々のお小遣いは毎月あっという間に消える。
 一万円は辛うじて残っているお年玉の額だった。

 私立の学校に通っているけれど、私の家は普通の家庭でお小遣いも少ない、周りがブランド物の時計やバッグを持っていて羨ましいとは思っても、卑屈になったことはなかった。

 でも、彼にバカにされることは腹が立って仕方が無い。

 彼がわざと私を怒らせているような気もしたけれど、私はそれならそれで構わないと言い返した。

「いくら欲しいんですか!」

 この、金の亡者め!!
 高校生から大金を巻き上げるつもりなのだろうと思ったけれど、彼の口から出た金額に唖然とした。

「1000万」

 聞き間違いじゃなければ、彼は私が見たこともない金額を提示した。
 私はせいぜい10万円くらいだろうと思っていた、それくらいならお年玉を貰った時に見たことがある。
 でも、1000万なんてどのくらいの厚さなのか、想像することも出来なかった。

「って、言ったら君はどうする?」

 唖然としていた私が返事を出来ずにいると、かわいそうにでも思ったのか、彼が付け加えるように言った。

 払えるわけがない。
 1万円でもやっとで、10万円も払うことが出来ないのに、100万円さえも一気に飛び越えて1000万。
 交渉する余地もないし、まったく次元の違う話に、私は今度こそ諦めた。

 仕方ない、やっぱりうまい話には裏があるということだ。
 紹介してくれた御嵩くんには悪いけれど、違う人を探すしかない。

 彼は私が払えないと分かっていてこの金額を提示したとしか思えない、それは同時に引き受けたくないという意思表示だとも思った。

 完全に打ちのめされて、彼に噛みつく気力も失せた私は、黙って彼に軽く会釈して背中を向けた。

「待て」

 重い足取りで歩き始めた私は呼び止められた。

 もう話すことはないし、これ以上バカにされるのもうんざりだった。
 無視して立ち去ることも考えたけれど、これが最後と自分に言い聞かせて振り返った。

 彼はいつの間にかハシゴから降りて、私の方を向いている。
 相変わらず前髪が顔の半分を覆って、どうやっても表情を窺うことは出来ない。

「あの……」
「君は、俺の依頼を引き受けられるか」
「依頼?」
「ああ。もし引き受けられるのなら、それを報酬としよう」

 さっき彼が言っていた話を思い出した。
 金銭の受け渡しはないけれど、違う形で報酬を払うということらしい。

 真っ暗だった私の頭の中に一筋の光が射し込むことに喜んだけれど、すぐに引き受けると返事するほど私はバカじゃなかった。

 彼の依頼の内容はこうだった。

 化学教師の横倉先生に近付いて、会話が出来る程度に親しくなるというもの。

 理由は何度聞いても、教えられないの一点張りで、あまりにしつこく聞いたら彼が「この話はなかったことでいい」と言ったので、慌てて止めた。

 依頼の内容が胡散臭い、先生に近付かなくてはいけない理由がまったく思いつかない。
 横倉先生は普通の先生だった。
 一度も授業は受けたことないけれど、授業内容は分かりやすくて、顔は普通だけれど、どちらかといえばイケメン寄りで、悪口も聞いたことはなかった。

「分かった、引き受ける」

 相手がもっと嫌な先生だったら、断ったかもしれないけれど、横倉先生なら別に構わないと軽い気持ちだった。

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