ツイてる乙女と極悪ヒーロー【17】


 彼は自分の世界に入っているのか、そもそも私の存在自体をないものにしているのか、顔も上げてくれず長い沈黙が続いた。

 決してマネキンではなく生身の人間の彼は、細かい字(日本語じゃない)がびっしり書かれたページを、規則正しいリズムで捲り続けている。

 読んでいるのか疑問に思ったけれど、文字を追う彼の瞳は髪で隠れて、確認することは出来なかった。

 はぁ、無駄足だったのかな。
 私は期待し過ぎていたかもしれない。
 考えてみれば昨日の今日で、都合良く何とかしてくれる人が現れるのはかなり出来すぎている。

 色々考えても結局引き返さなかった、というより引き返そうと思った矢先、彼は分厚い本を閉じて振り返りもせず、本を本棚へと片付けた。

「で、君の頼みを引き受けたとして、君は俺に何が出来るわけ?」

 ようやく彼の口からまともな言葉が出た。

 相変わらず彼はハシゴに腰掛けたまま、鼻の下あたりまで伸びた前髪を邪魔する様子もなく、取り出した携帯を弄っている。

「あの……引き受けてくれるんですか? 除霊……」

「引き受けるとは言っていない。君は日本人だろう、どうして日本語を理解することが出来ない」

 ムッとした。
 散々、存在を無視していたかと思えば、一方的に話を始めておまけにバカにしている。
 そのうち礼儀とか何とか言い出したら、そのうっとうしい前髪のこと突っ込んでやると心に決めた。

「除霊、出来るから言っているんですよね」

 嫌味を込めてワザとそんなことを言うと、メールでも打っていたのか、ずっと動いていた親指がピクッと止まった。

 さすがに、今のは失礼だった?
 やり返そうと思ったわけじゃないけれど、言われっぱなしも気分が悪い。
 怒るかなと思ったけれど、意外にも彼は怒らなかった。
 気のせいか口元に笑みを浮かべたようにも見えたけれど、それはあまりにも一瞬の出来事で確認することは出来なかった。

「君は誰かに聞いて、此処へ来たんだろう」
「はい」
「何と言われた?」
「ここへ行けば、私の力になってくれる人と会えるって……」

 それから、気分屋とも言ってた、さすがにこれは心の中で呟いた。
 余計なことを言って彼の気分を害しては元も子もない。

「その人物が君に嘘を吐いていなければ、そういうことじゃないのか?」

「はあ、まぁ……そうですね」

 何か釈然としないけれど頷いた。

「では、話を戻そう。君でも分かりやすいように。仮に、これはもしも、という意味だ。君のその依頼、この場合は除霊をする、ということらしいが。俺が引き受けたとする。その際に、君は俺に対して何が出来る」

 いちいち嫌味な言い方をされて、ムカムカするけれど怒りは爪が手の平に食い込むほど拳を強く握ることで発散させた。

 でも、彼の言いたいことは分かった。

「依頼料、ってことですか?」

「当然だろう。世の中に本当の意味での無償というものは少ない。金銭を支払うという意味合いでいえば、無償のものもあるだろうが、金銭の受け渡しがなくても、違う形で報酬を支払えば無償とは言えない」

「は、はあ……」

 彼の言ったことが分かるような、分からないような、曖昧な返事をしてしまった。

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