ツイてる乙女と極悪ヒーロー【16】


 制服は着ていない。
 白いシャツに黒のパンツ姿、だらしなく制服を着る男子も多いけれど、そこにいる彼は身体のフィットしたシャツをピシっと着こなしている。

 ワイン色の表紙の分厚い本を、立てた膝の上に載せるようにして読んでいた。
 俯いているせいか、それとも長いだけなのか、黒髪が顔を半分くらい覆い、その表情を見ることは出来ない。

「あのぉ……」

 躊躇ったけれど、思い切って声を掛けたのに、返事がなかったうえに、顔すらも上げてもらえなかった。

 聞こえてないのかな?

「あのぉ、すみません」

 さっきよりも大きめの声を出したけれど、彼はピクリともしない。
 も、もしかして……。
 ハッキリ見えているけれど、彼ももしかしたら次郎と同じ幽霊なのかもしれない。
 これは「目には目を」的な感じで、幽霊には幽霊で対抗しちゃうぜ、みたいな感じなの??
 除霊ではなくて、実は幽霊同士のタイマンをして、負けた方が消えるとか……。
 頭の中で半透明の幽霊同士が殴り合う姿を想像して吹き出しそうになった。

「ないない。あー見えて次郎ってば、結構ケンカも強いんだよね。もし、そうだとしたら相当の手錬じゃないと、ってそんなこと言ってる場合じゃなくて。あのぉ……実は御嵩くんから聞いて、来たんですけど」

 目の前にいる彼が人間で、ただ無視されているだけと気付いたのは、微動だにしなかった彼がページを捲ったからだった。

 こんなに近くにいるのに、まさか自分に話し掛けられているとは思ってないとか?

 どう考えても二人しかいない空間で、それはないだろうと思ったけれど、念のために彼との距離を1メートルほどまで詰めた。

「あの……」
「すみません」
「お話があるんですけどー」

 まるでマネキンに話しかけているみたいに反応がないけれど、生きている証を見せるように細い指がページを捲った。

 何を言っても反応がないことに、徐々にイライラが募り始めた。
 最近の若者はキレやすいだとか、堪え性がないだとか、そんなことを言われたくないけれど、これはさすがに腹が立つ。
 この距離で聞こえないはずがない。

「あのぉ、聞こえてます??」

 イライラを隠すこともせず聞いた後で、ふと耳の不自由な人かもしれないと思い直した。
 もしそうならば、こんなに近くにいて気付かなくても不思議じゃない。
 それならば……と、考えた私は思い切って手を差し出して、彼の顔と本の間で振った。

「邪魔をするな。それに、ギャアギャアうるさい」
「喋った! しかも、叩いたし!!」

 彼の顔の前で振った手は、信じられないことにページを捲っていた同じ手で、思いっきり払わうように叩かれた。

「聞こえてるなら、最初から返事すればいいじゃない。何なのよ……」

 私は引っ込めた手の甲をさすりながら、それでも顔を上げない彼を睨みつけた。

「あの、ですね! お願いがあって来たんですけど!」

 とても依頼する立場の人間の態度ではないけれど、無視をした上に初対面の相手に対して、手を払うような彼も同じだと思い開き直った。

「御嵩くんからあなたのこと聞いたんです。除霊して欲しいって言ったら、あなたが力になってくれるって」

 自分で言ってから、御嵩くんの言っていた人が、本当に彼だったらどうしようと不安になる。
 よく知りもしない人を第一印象だけで決めてしまうのは良くないと分かっていても、彼は何というかあまりにも態度が悪すぎる。
 ただ風汰くんが言っていた「気分屋」という言葉と、除霊への切実な思いが、辛うじて私をこの場に留まらせている。

 返事とか、顔を上げるとか、何か反応したらどうなの??

 だいたい、前髪がやたら長くて陰気な感じだし、初対面の相手に対して偉そうだし? おまけにこんな広い図書館の隅で一人で本読んでるって、どうなの?

 爽やかなイケメン男子を期待していたわけじゃないし、除霊をしてくれるならたとえ図書館に引き篭もる陰気な男子だろうが構わない。

 でも、それは彼が引き受けてくれればの話だった。

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