ツイてる乙女と極悪ヒーロー【14】


 キィと、小さな音を立てて扉は開いた。

(なぁ、ハナー。こんなとこ、何の用事があるんだよー)

 扉を開けて立ち止まる私の上で、次郎が宙返りをしながら騒いでいる。
 相手をする余裕はなく、見上げてうるさいと視線だけを送った。

(なんだよー。女の子の上目遣いって無条件で可愛いはずなんだけどなー。お前のそれはちっとも可愛くないぜー)

 睨んだんだから可愛くなくて当然でしょ!

 空気の読めない次郎の間抜けな言葉に、心の中で文句を言って開いた扉の中を見る。
 ゴクリと喉を鳴らした後、足を踏み出すまでに一呼吸置いてから、覚悟を決めて中へと進んだ。

 ゆっくり一歩一歩、中へと進んでいくと、外よりも空気がひんやりしているのが分かる。

(おーい、ハナー。ちょっと待てよー)

 次郎の声がかなり後ろの方から聞こえる。
 いったいどうしたのかと立ち止まったけれど、振り返るより先に目の前の景色に圧倒された。

「こんなに広かったっけ?」

 入学した当初に見学したはずなのに、ほとんど記憶に残っていなかったのが不思議で仕方がない。
 学校の図書室とは到底思えない、家の近所にある図書館ともまるで違う。

 入口から狭い通路を真っ直ぐ進むすぐに開けた場所に出た。
 天井が高いと感じて見上げれば、閲覧場所になっている部分は吹き抜けになっていた。
 さらに奥へと目を向ければ、どこまでも本棚が続いている。
 目の前には閲覧するためのテーブルと椅子が並んでいるけれど、それは簡素な物ではなくまるで美術品のようなテーブルとソファが並ぶ。

「なんか、すごい……」

 とにかく圧倒されてしまった。
 本の匂いなのか、独特の香りが珍しく、スンと鼻を鳴らしながらさらに奥へと進んだ。

 自分の足音だけが響く。

「すごい、静か……。誰もいないみたい」

 静か過ぎるけれど、怖いとは思わなかった。

 テーブルとソファを通り過ぎると、一階部分にも二階と同じように本棚が並んでいる。
 背丈よりも高い本棚は、高校の図書室らしい本が並ぶ。

「ねぇ、次郎。やっぱりここにはマンガとかは置いてないのかなー。中学の図書館にはあったよね。何だっけー、歴史のマンガだったような」

 怖くはないけれど、静か過ぎる空間に耐え切れず、次郎に話しかけたのに返事がない。

「あれ? じーろー?」

 あれだけうるさく憑きまとって、授業中だろうが構わず喋り続けていた次郎が黙っているなんて、一体どうしたのかと振り返った。

 あれ、いない?
 念のため、周りをぐるりと見渡したけれど、次郎の姿はどこにもなかった。

「ったく、まーたウロウロとしてんのね。まぁ、こっちは静かでありがたいんだけどさ」

 次郎がいないことに何の疑問も持たず、気を取り直して歩き出すと、少しして立ち並ぶ本棚の群れを抜けた。

「うわぁ」

 入口からは見えなかったけれど、一番奥もまた本を閲覧出来るようになっていた。
 壁の一部が半円形に奥へ突き出している。
 大きな窓にはレースのカーテンが掛けられているのでとても明るく暖かかった。

「お洒落ー。ちょっとカフェっぽいテーブルセットとかも、すっごい素敵」

 入口の閲覧場所がどっしりとしていて男性的な雰囲気だとしたら、ここは明るさもあり華奢な足のテーブルや椅子が、とても女性らしい雰囲気になる。

 ここは正しく、くるみのようなお嬢様に相応しい場所だった。

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