緋の邂逅 第七話
男の子は少し考えると、心愛を片手で抱えて自分の右足に座らせた。
「うわぁ! もっと高ーーい!」
さっきよりも高くなった景色にはしゃぐ心愛に、男の子は眉間に皺を寄せたが文句は言わず、上着の裾を気付かれないようにソッと摘まんだ。
「こんな時間になにやってんだよ。親はいねぇのか?」
「パパとママはね、お空の高いとこにいっちゃったんだって。帰って来るまで、ここが心愛のおうちなんだよー」
今度は言葉を聞き取ることが出来た心愛は、真っ暗になった園の建物を指差した。
動くたびに揺れる上半身だが、心愛の身体が落ちることは決してなかった。
「で、ここで何やってんの?」
「お兄ちゃんは、誰?」
「……俺が聞いてるっつーの」
聞いた質問には答えずに無邪気な視線を送る心愛に、男の子は空を仰ぐように首を倒すとため息をついた。
まったく気にする様子のない心愛は、男の子の黒いシャツを引っ張って自分の方を向かせた。
「お兄ちゃんは? 何してたの?」
「デリク」
「……?」
初めて聞く言葉に首を傾げる心愛、男の子は今度はもう少し丁寧に口を開いた。
「俺の名前はデリクだ」
デリクと自己紹介した男の子を、心愛はジッと顔を覗き込んでから、パァッと明るい笑顔を浮かべた。
「心愛は5歳!」
「別に、聞いてねぇけどな」
デリクの口の中での呟きは心愛の耳には届かず、聞き慣れない名前の発音が気に入ったのか、口の中で何回もデリクの名前を呟いている。
二人は何を話すわけでもなく、時々心愛が口を開くたび、デリクが短く返事をしていた。
星も月もない夜、その夜は生き物もいないのか、虫の声も犬の声も一切聞こえない静かな夜。
両親が無くなってからあれほど怖かったはずの暗闇、でも辺りが闇の静寂に包まれていても、心愛は不思議と怖さは感じていなかった。
「デリクお兄ちゃんもここがお家?」
突拍子のない心愛の質問にようやく慣れたデリクだったが、突然身体をピクリと震わせると、周りを見渡してから心愛を脇に抱えてふわりと飛び降りた。
まるで重力などないように衝撃もなく地に足を付けたデリクは、抱えていた心愛をソッと地面に下ろした。
「おにいちゃ……?」
地面に下ろされた心愛は不思議そうに見上げたが、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返った。
懐中電灯を持った園長先生と大智がこっちへ向かって走ってくるのが見える。
「心愛ちゃん! こんなところで何をしてるの? 心配したわ」
心愛に駆け寄った兄は心愛を力いっぱい抱きしめ、その隣で園長のさと子は安堵のため息をもらした。
「あのね、デリクお兄ちゃんが……」
心愛は振り返ったがそこには誰の姿もなかった。
両親を失くしたばかりで怖い夢でも見たのだろうと、さと子は心愛を抱き上げると大智と手を繋ぎ園の中へと戻って行った。
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