緋の邂逅 第六話
 子供達の消灯時間が過ぎ、皆が寝静まると心愛は音を立てないように外へと出た。

 園の庭には少しだけ遊具があり、心愛は自分の身長より少し高いジャングルジムへ向かうと、一番上まで登り腰を下ろした。

 空を見上げると、曇っているせいか月も星も出ていない、真っ暗で空が圧し掛かってくるような圧迫感を感じた。

 それでも時々吹く風は心愛の髪を優しく撫でていった。

 ジャングルジムに腰掛けた心愛は、足をブラブラさせながら遠い記憶に想いを馳せた。

 あの日も同じように月も星も出ていない真っ暗な夜だった。

 まだ心愛が五歳、兄の大智(ダイチ)が七歳の時、朝から雨の降り続いていた日に両親は亡くなった。

 それから数日後、誰にも引き取られることのなかった二人は「あけぼの園」に預けられ入園した日、二人はギュッと手を繋、ぎ眠るその時まで手を離すことはなかった。

「パ……パ? ママ?」

 目が覚めた心愛は父と母の姿を探しながらフラフラと外へ出た。

 靴を履いて外に出た心愛は、父と遊んだ記憶のあるジャングルジムを見つけると登り始めた。

 小さな心愛にはジャングルジムの頂上は見えず、それでも小さな手でしっかりと握り、一段一段登っていく。

 ――心愛おいで! パパのところまでおいで!

 顔を上げると一番上から手を伸ばす父の姿が見えた。

(パパ!!)

 掴む手の力が無くなりかけていた心愛は、父がいつも抱き上げてくれたことを思い出して、父に向かって思い切って両手を伸ばした。

 いつもならふわりと浮き上がるはずの身体が、ぐらりと後ろに倒れるようにバランスを崩し、父に触れるはずだったの手は真っ暗な宙を掻いた。

 ――パパとママはお空に行ったのよ。

 大勢の大人達が口にしていた言葉、その意味がよく分からなかった心愛の瞳には、ただ真っ暗な空だけが映っていた。

(パパとママ、いないの?)

 悲しくて瞳に涙が浮かぶと、暗闇から突然声が降ってきた。

「何やってんだよ」

 言われた後に身体がグンと浮き上がる。

 まるで猫を掴むように、心愛の服の襟を摘まんで持ち上げたその人は、金髪に青い目をした男の子だった。

 青い瞳の色のせいか、冷たい印象のその男の子は、そのまま引っ張り上げると、心愛をジャングルジムの一番上に座らせた。

「こんな時間に一人で何やってんだ。親は?」

 隣に腰掛け話しかけた男の子は心愛が返事を返さないことに怪訝な顔をした。

 念願の一番上に座ることが出来た心愛は足をブラブラさせていたが、男の子から向けられる視線に気付いてキョトンとして首を傾げた。

「おまえ聞いてんの?」

 心愛は男の子の口が動くのを見ると、何かを察したように男の子に向かって手招きをした。

 手招きをされた男の子は、自分の胸ほどまでもない心愛に近付くために身体を屈めた。

「心愛、右のお耳がよく聞こえないの」

 自分の右耳を小さな指で指すその姿は、言葉の内容にそぐわないほど愛らしかった。

 生まれた頃から右耳が不自由な心愛にとって、それは当たり前のことで不都合を感じたことがなかった。

 初めて聞く大人達は決まって可哀相と口々に言い、あからさまに気遣うような態度を見せたけれど心愛にとっては不思議でしょうがなかった。

 何より両親が普通に接していたからだったが、その両親がいつも左側から話しかけていたということに気付くには、心愛はまだ幼すぎたのだ。

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