緋の邂逅 第五話
夕飯を済ませて、後片付けをしていた心愛は、園長のさと子に呼ばれて、小さな園長室にいた。
小さい頃から暮らしていて、本当の我が家のようだけれど、この園長室だけは今でもなれることは出来ない。
部屋にはあまりに大きすぎる木の机、その前に置かれた年季の入った茶色のソファと小さなテーブルの応接セット。
おぼろげな記憶の中、大人達に囲まれてソファに座った記憶が蘇る。
あの時は兄がずっと手を繋いでいてくれたけれど、その兄も今はどこにいるのかさえ分からない。
こんな時なのに、学校で言われた「一人ぼっち」という言葉を思い出して、心愛は俯いて膝の上で重ねた自分の手に視線を落とした。
「心愛ちゃん」
名前を呼ばれて顔を上げると、仕事を終えたさと子がソファに腰を下ろした。
母親のような存在でも、向かい合って座るさと子が背筋を伸ばすと心愛は自然と緊張した。
「学校の先生からお電話がありました」
「あ……はい」
何の話か分かった心愛はまた俯いた。
優しくてどんな事にでも理解のあるさと子でも、心愛のあの話だけは快い顔をしなかった。
そのことが原因で起こした今日の出来事に、さと子は見過ごすことが出来ないとばかりに難しい表情をした。
「心愛ちゃん、前にも言ったと思うけど……」
「分かってますっ! 今日はすごく驚いて……でももう人前では……」
心愛は言葉を続けられる前に自分から口を開いた。
何かあるたびにいつも同じ言葉を口にする心愛に、さと子は諦めたようにため息をついた。
「心愛ちゃん、あなたももう高校生なんだからもう少し……」
(……大人になりなさい)
さと子の言いたいことは嫌というほど分かっている。
心愛は自分が空想の世界で生きているような目で見られるのが辛かった。
自分は寂しさを紛らすために夢の世界にいるわけでもなく、ましてや大人の気を惹くために嘘をついているわけでもないのに、誰一人として心愛の話をまともに取り合おうとする人はいなかった。
身体を小さくして強張らせた心愛に、さと子は掛けていた老眼鏡を外すと、目元を指で解してから優しく笑った。
「話は変わるけれど、卒業後はどうするか決めた?」
ここにいられるのは高校を卒業するまで、その日まであと一年を切ってしまっている。
大学には行かない、それだけは決めているけれど、具体的にどうすればいいのか決められずにいた。
黙り込んだ心愛にさと子は優しく声を掛けた。
「まだ時間はあるのだから、ゆっくり考えなさい。慌てることはないわよ」
心愛は頷いて部屋を後にしたけれど、そう言われるたびに、出て行く準備をしなさいと言われているような気がして悲しくなった。
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