緋の邂逅 第四話
心愛はガックリと肩を落としながら家路をトボトボと歩いていた。
転校生が来た初日だったせいか、教室は終始ざわついていたけれど、朝の出来事を除けば心愛にとっていつもと変わらない日常だった。
今朝のようにひどい言葉を浴びせられることはほとんどなかった。
大抵は存在自体がないものとされているように、話しかけられることもなければ陰湿ないじめをされることもない。
それにとんでもない転校生の登場のおかげで、男子生徒も女子生徒もそれどころじゃなくなっていた。
(世の中には似てる人もいるよね。外国の人ってなんかみんなよく似てて、区別つかないし)
納得はいってなかったけれど、遠い昔の出来事で記憶が曖昧になっているんだと、自分に言い聞かせるしかなかった。
友人達にも「これ以上転校生に関わらない方がいい」と、何度も何度も念を押された。
無事に卒業するためにはそれが一番だということは分かっている。
問題を起こして困るのは自分一人じゃない、小さい頃から何度も言われた言葉を、大きな樫の木が見えてくると思い出してしまった。
心愛は立ち止まると一度大きく深呼吸をして、背筋を伸ばすと頬の両端を上げて笑顔を作り両頬を叩いた。
「よしっ!」
暗い気持ちを吹っ切るように、小さく声を出して気合を入れると再び歩き出した。
白いペンキが塗られた小さな門を押して、青々と茂る樫の木の下をくぐると、心愛はようやく気持ちが安らいでいくのを感じて、その足取りさえも軽くなったように思えた。
「ただいまぁ」
「心愛ちゃん、おかえりぃ〜」
可愛い声がいくつも出迎えてくると心愛は心からにっこり微笑んだ。
脱いだ靴を自分の下駄箱にしまうと、保育園組の子供達と手を繋いで中へと入る。
心愛が暮らすのは養護施設「あけぼの園」。
事情があって親と一緒に暮らすことが出来ない子供達が預けられ共同生活を送っている。
下は三歳から上は十八歳までで今は十八歳の心愛が最年長だった。
「園長先生、ただいまぁ!」
「お帰りなさい」
園長先生のさと子は、声を掛けられると片付けをしていた手を止め、皺の刻まれた顔をにっこりと綻ばせた。
「心愛ちゃん、本読んでぇ」
「だぁめ! お人形遊びするのぉ」
右に左にと手を引っ張られて心愛の体は振り子のように揺れた。
心愛は笑顔を浮かべながら「順番ね」と、子供達をあやし膝の上に男の子を乗せると、子供達の大好きな「三匹のやぎのがらがらどん」を読み始めた。
キラキラと目を輝かせる子供達の顔を見ながら表情豊かに絵本を読む。
学校でどんなに嫌なことがあっても、園の子供達の顔を見ると忘れられたし、同時にこの笑顔を曇らせてはいけないとも思った。
何度も読んでいるはずの本なのに、ラストへと近付くにつれて子供達が制服の裾を握る。
とても頼りない手だけれど、今の心愛にとっては振り解くことの出来ない、唯一の繋がりでもあった。
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