『姫の王子様』
One step P5

 そして迎えた当日。

 庸介はいつものように目深に帽子を被りサングラスという出で立ちで、今か今かと新幹線が到着するのを待っていた。

(やべぇ……めちゃめちゃ緊張して来た)

 それは珠子に会えるからというわけではなく、ちゃんと電車に乗っているかという心配から来るものだった。

 向こうを出る時に送って来たメールには時間だけでなく丁寧に号車と席番まで書かれていた。

 おかげでホームでウロウロすることはなさそうだけれど、やはり本人の姿をこの目で見るまではどうにも落ち着かない。

 庸介はあと数分で到着する電車をかなりヤキモキしながら待っていた。

(俺もタクのこと言えないよな)

 あれからすっかりヘソを曲げてしまった拓朗は庸介だけでなく珠子とも口を聞こうとはしなかった。

 心配する気持ちは分かるもののあまりに大人げないその行動に呆れ、そのうち機嫌も直るだろうと放っておいたら前日の夜になって向こうから電話が掛かって来た。

『ヨウ、分かってんだろうな』

「しつこい」

『傷物にして帰しやがったら……お前とは絶交だからなっ!』

 絶交って……まるで小学生みたいなセリフに思わず吹き出しそうになるのと何とか堪え、ブツブツ文句を言い続けている拓朗にお返しとばかり言う。

「タマに気を付けて行って来いくらい言ったか? いつまでも物分かりの悪い兄貴だとマジで嫌われんぞ」

『…………』

 どうやら言ってないらしい、電話の向こうで押し黙った拓朗の気配が伝わってくる。

 拓朗は本当なら自分が付いて行ければ良かったんだ……とポツリと漏らした。

 家庭教師のバイトをしている拓朗は受け持ちが受験生ということもあり、どうしてもキャンセルも交代も出来ず仕方なくあんな言い方をしたのだと打ち明けた。

 拓朗の辛い気持ちも悔しい気持ちも手に取るように分かる、だからこそあえて明るい声で電話の向こうの落ち込む相手に発破をかけた。

「タマからの土産が欲しいなら今夜のうちに仲直りしとけよ」

 そう言って電話を切ったがその後どうなったのか報告はないから分からない。

 けれど珠子の顔を見れば拓朗がどうしたかなど一目瞭然のはずで、少しでも暗い顔をしているようならすぐさま拓朗に電話を掛けてやるつもりでいる。

 そして、ようやく待ちに待った白い車体がホームに入って来るのが見えた。

「ふぅ……」

 少しでも緊張を解きほぐそうと小さく息を吐いた。

 ゆっくり滑り込んで来た車体に視線を注ぎ、少しでも早く珠子の姿を見つけようと瞬きするのも惜しんで流れる窓を目で追った。

 静かに止まった車体の中は降りる人が通路に列を作っている。

 その中から珠子の姿を探したが見つからず、心臓は急に嫌な音を立てて騒ぎ始めた。

(嘘だろ……乗ってないってことないよな)

 背が低くて人影に隠れて見えないのかもしれないと、近付いて中を覗き込んでもそれらしい姿も見えない。

「マジかよ……」

 まさかの事態にガックリうな垂れる。

 心配しながらも頭の中では通路に立って嬉しそうに手を振る珠子の姿を想像していただけにそのショックはかなり大きかった。

 けれどショックを受けている場合じゃないと、庸介は顔を上げるとすぐに携帯を取り出した。

(まさか……間違えて手前で降りたってことないよな?)

 子供じゃあるまいし降りる駅を間違えることはないだろうと高を括っていただけに、本当にそうだとしたら次からは一人で乗せられないと思わず舌打ちしたくなる。

「こってり叱ってやるから覚悟しとけ!」

 勝手に決めつけて文句を言いながら発信ボタンを押した。

「庸ちゃーん!」

「お前っ! 今どこにい……」

 暢気な声で名前を呼ぶ珠子にイラッとしながら、携帯に向かって怒鳴り付けた庸介は違和感を感じて言葉を呑み込んだ。

(あれ……?)

 耳に当てている携帯からはまだ呼び出し音が鳴っている。

 もしかして幻聴でも聞こえたのかと首を傾げていると今度はハッキリとその声が耳に届いた。

「庸ちゃん!」

 すぐ後ろから聞こえた声に慌てて振り返れば、満面の笑みを浮かべた珠子が手を振って立っていた。


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