『姫の王子様』
One step P6

 運ばれてきたエスプレッソを一口飲んだ庸介は、知らず知らずため息を漏らしてしまった。

(なんつーかアレだよな……やっぱタマも若いんだよなぁ)

 自分もまだ二十代の前半で職業柄若いという気持ちが強かったけれど、五歳年下の現役高校生には敵わない。

 珠子を駅で出迎えてからさっき会場に入って行くのを見送るまでのわずか数時間、思い出すとだけでまた口からはため息が零れる。

 ホームに降り立った珠子は庸介の気苦労などお構いなしに、満面の笑みで持っていた重そうな荷物をドカッと下ろして手を振った。

「すごーい! 本当に来ちゃったよーーっ! きゃぁーっ!」

 最初から異常なほどのハイテンションに庸介は怒る気もそがれてしまった。

「あのね、あのねー乗り遅れないように……あれっ、えっと……降り遅れないように? 一つ前の駅からずっとドアのとこにいたんだよっ!」

「タマ、それを言うなら乗り過ごさないようにだ」

(あぁ……それで姿が見えなかったのか)

 ようやく謎が解けてホッとした庸介は珠子の荷物を持ち上げて歩き出した。

「それで……始まるまでにまだ少し時間あるだろ? どっか行きたいとこあるか?」

「東京タワー!」

「は?」

「ずっと上がってみたいと思ってたんだー! テレビ塔より高いんだよね??」

(いや……本人が楽しいならいいんだけど……)

 そんなわけで女子高生にしてはかなり渋めのチョイスの観光を掛け足で済ませて会場まで送り届けた。

「終わる頃またここに迎えに来るからな」

 そう念を押したけれど場の雰囲気に呑まれたのか、すっかり上の空の返事で一抹の不安を抱えたまま、時間を潰すためにカフェに入った。

(俺だって色々考えたのに……意味ねぇし)

 予定が決まってすぐこの日のためにスケジュールを調整して、無理矢理明後日までの休暇を取った。

 初めて珠子と二人で東京を廻れることを張り切っていたのは庸介自身で、ガイドブックまで買って珠子の好きそうな店もチェックしておいた。

 それなのにいきなり東京タワーでその後はなぜか池袋直行、着くまでその目的が分からなかったがすぐに知ることになった。

 延々と漫画やアニメの店巡りに付き合わされた。

「折角だから可愛い服でも選んでやろうと思ってたのに……」

 今日のうちに全身揃えて明日はその格好でお台場デートをしようとか考えていたのに無駄に終わった。

 珠子があそこまで漫画やらアニメやらにハマっているとは思いもせず、自分の認識の甘さに項垂れるしかない。

 だが一番懸念していたことに煩わされなかったことは良かった。

 あんなに若い女の子ばかりの通りにいたのに、彼女たちの視線は変装しているモデルのヨウではなく店に並ぶアニメのキャラ達に注がれていたおかげだ。

「いや……アニメに負ける俺もかなりどうなのって感じだよな」

 少しばかりの劣等感を抱き煙草を吸うためにポケットに手を入れると携帯が震えた。

 電話の着信を知らせている携帯に表示された名前に思わず口元が緩む。

「ハイハイ? ダメって言ったらダメですよ」

 電話の相手はよく仕事で顔を合わせるカメラマンの保志からで、その用件も見当の付いた庸介は先手を打った。

『んだよ。まだ何も言ってないだろ?』

 面白がっている保志の顔がハッキリと頭に浮かぶ。

「分かりますよ」

『子猫ちゃんは? そこにいるのか? お兄さんがオヤツあげるよー、出ておいでー』

「誰がお兄さんですか、だれが。ったく……もう会場に置いてきましたよ」

 保志は仕事の関係者ではマネージャーを除いて唯一珠子のことを知っていて、顔を合わせるたびに会いたいと口にする。

 別に会わせたくないわけじゃないけれど、保志の性格を考えると余計なことまでベラベラ話しそうで嫌なのだ。

(小動物とか好きだからなぁ、あの人……)

 愛妻家としても有名の保志だから余計な心配はいらないけれど、小さい物や可愛い物に目がないだけに別な意味で心配だ。

『あれ? せっかく子猫ちゃんとお泊りデートなのにテンション低いな? 俺の奥さんがわざわざとっておきの店を紹介してやったというのに』

「あぁーそうだ、聞いて下さいよ」

 珠子が終わるまであと二時間、持て余した時間を潰せるならとレストランの予約の礼も兼ねて、腐女子見習いの彼女に振り回された情けない男の話を聞かせることにした。


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