『姫の王子様』
One step P3

誰もがそう思いヤレヤレとホッとひと息をつこうとしていた。

「……だ」

(オイオイ……マジかよ)

 今までならここで大げさに泣きながら「珠子ーっ、お兄ちゃんが悪かったよぉ」と拓朗が折れて丸く治まるはずなのに、何がどうなってしまったのか拓朗は険しい顔のまま立ち尽くしている。

「ダメなものは、ダメだ」

「お、おいっ……お前もさぁ、いい加減にしてやれよ。いつまでもそんな……」

「お前は黙ってろっ!」

 いつもとは違う厳しい表情を崩さない拓朗にさすがに口を噤んだ。

 どうしてそこまで頑なに反対するのか分らない、いつでも行けるところならまた次の機会にとでも言えるけれど今回はそうじゃない。

 ハガキを出したその時から当選することを毎日のように祈ったに違いない。

 そして当選の知らせを受けた時はきっとすごく嬉しくて今みたいな悲しい涙ではなく嬉しい涙を流しながら飛び跳ねて喜んだはず。

 その光景を想像すると泣き伏している珠子を見るのが辛い。

 だが拓朗は泣き伏してイヤイヤと体を捩る珠子を無理矢理抱き起し、視線を合わせるために腰を下ろすと諭すようにゆっくりと話を始めた。

「珠子、お前は何も分かっていない」

「…………」

 涙目の珠子に睨み付けられても拓朗は怯まない。

(一体……何考えてんだよ)

 拓朗が何を言い出すのか想像も出来ず、自分には見守ることしか出来ないことが少し歯痒くなった。

「もう高校生だなんて思い上がりも甚だしい。高校生のお前に何が出来る? 東京へ行く旅費は誰が出す?」

「お小遣いで、出すもん」

「そのお小遣いは誰に貰った? 漫画を買うお金は? お金だけじゃない、向こうでお前に何かあって帰って来れないような事態になったら泊まるところは? 自分で探せるのか? 高校生が一人行って泊まらせてくれると思うのか?」

「…………」

「お前はまだ高校生だ。何をするにも保護者という言葉が付いて回る年なんだ。お前に何かあった時、誰に迷惑が掛かるのかよく考えてみなさい」

 それだけ言うと拓朗はもう言うことはないというように立ち上がった。

 珠子はうな垂れたまま床に座り込み、再び小さな嗚咽を漏らし始めグスグスと鼻を啜り始めた。

(なんか……俺が口出すのってやっぱマズかったのかな)

 昔から家族のように付き合い、珠子と付き合うことでそれは一層深いものになっていた。

 自分も岡山家の一員と思っていただけに、拓朗の真剣な表情と自分には言えない言葉を聞いて埋められない溝があるように感じた。

(そこまで言えるお前のこと少しは見直し……)

 あれほど愛してやまない珠子に嫌われるのを承知でカッコ良く決めた拓朗、そこまでした親友に何か言葉を掛けようと拓朗を振り返った庸介は小さく吹き出した。

 珠子に背を向けた拓朗は肩を震わせながら半泣きで鼻水を垂らしている。

(お前……カッコ悪ぃって)

 そこが拓朗らしいといえば拓朗らしく、あまりにも微笑ましい光景に口元が緩んでしまった。

 それでも泣いているのを隠そうとしているのを見れば、拓朗があくまでも厳しい兄を演じようとしているのがあまりに痛々しく思える。

 今回ばかりは珠子が折れるしかないようだ。

「タマ……残念だけど、諦めな?」

 グスグスと鼻を啜る珠子の背中を撫でるとそれを拒否するように激しく体を揺すって抵抗した。

(タマの気持ちも分かるけどさ……)

 この状況ではいくら自分が同行すると言っても解決策にはならない、出来ることなら珠子の願いを叶えてやりたいと思っても何もしてやれない。

 所詮は他人なのだという現実を突き付けられ、泣いている二人を見て泣きたいのはこっちの方だと言いたいのをグッと堪えた。


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