『姫の王子様』
ある夏の一日'09 P6

 近くまで駆け寄って来た男の子は投げられたボールをキャッチしたがすぐに立ち去ろうとはせず四人に近付いた。

 遠目で見ていた時は分からなかったが沙希よりも背が低い、額に掻いた汗が焼けた小麦色の肌の上を粒になって落ちる様は健康なスポーツ少年。

 四人の側までやって来ると途端に人懐っこい笑顔を見せた。

「雅兄ー、はっけーん!」

「よっ! 何やってんだ、祐?」

「ビーチバレー! 勝ったらあそこの海の家がタダになって三千分食い放題!」

「へぇ? 勝てそうか?」

「うぅ……っ、でも勝つ! だから帰りはあそこに集合!」

「オッケー。はしゃぎ過ぎて迷子になるなよー」

「迷子になんかなるかよ。ガキじゃねぇもん!」

 親しげに話す二人に拓朗は口を挟めずことの成り行きを見守ることしかできずにいた。

 だが沙希はさっきからソワソワと落ち着かない様子を見せる。

 沙希の様子に気が付いた拓朗は心配になって小さく声を掛けた。

「沙希ちゃん、どうしたの?」

「あ……いえ、あの……」

 二人の小さなやり取りに気付いた祐二はパッと顔をそちらに向けると一瞬驚いたように目を丸くして、それから沙希と雅則と拓朗とボールを投げてくれた男の顔を見渡す。

 全員の顔を見てからゆっくり沙希に視線を戻した祐二は首を傾げた。

「郡山……だよなぁ?」

「あはは……えっと、なんか変なとこであったね」

 こんな所で高校の同級生とバッタリ会うとは思ってもいなかった。

 沙希にとっては非常に都合の悪い状況なだけに、どうかこのまま何事も起こらないで下さいと祈ることしか出来ない。

「沙希ちゃんも知り合い?」

 一人置いてけぼりを食った感のある拓朗は思わずといった感じで口を挟んでしまった。

「あ……同じ学校の子で……」

「俺ん家の隣に住んでんの」

 聞いた相手は一人のはずが答えは二人から返って来た。

 だが繋がらなかった点と線を全部繋げることが出来た拓朗は「なるほど」と小さく頷いた。

「お前……可愛い顔してすげぇな。三つ股?」

 その爆弾の威力は凄まじかった。

 素直な感想を述べただけの祐二に、沙希は顔を真っ赤にして「違う、違う」と顔の前で手を振るが、拓朗は相当頭に来たらしく体の周りに見えるはずのない怒りの炎が揺らめいた。

「そ、そんなわけないでしょっ!」

「この……クソガキ! なんてこと言うんだっ!」

「祐ー、間違えちゃいけない。沙希ちゃんは俺の彼女だ」

「うそ!? 雅兄と郡山って付き合ってんの!?」

「おぅ!」

「違う! 雅則、お前いい加減にしろっ。それとクソガキの躾けもちゃんとしとけ!」

 恥ずかしさで俯く沙希、楽しそうに煽る雅則、ふざけたことを言うなと怒り狂う拓朗、とんでもない発言をした祐二は拓朗の拳をこめかみに受けた。

 一人かやの外だったカキ氷を運んで来た男はこの隙にとばかりにそそくさと退散してしまっている。

「イッテェ……イテェって! 離せよっ!」

「沙希ちゃんに謝れ、クソガキ!」

「はーなーせーよっ! イッテェっつてんだろ!」

 拓朗からグリグリとこめかみを挟まれて祐二は声を荒げた。

 沙希は止めなくちゃと思いながらもなかなか言い出せず、オロオロするばかりだったが二人の向こうから近付いてくる人物に「あっ」と小さく呟いた。

 同時に雅則もその人影に気付いてヤレヤレと頭を掻いた。

「タク先輩、その辺で離してやって下さいって」

「だいたいなーお前知ってるならちゃんと教育をしろっ!」

「いや……そんなことよりも、早く離さないとタク先輩がヤバイっていうか……」

「はぁ!? どういう意味だ!」

 これは教育的指導だとさらに力を入れようとしていた拓朗は雅則の言っている意味を理解出来なかった。


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